07 測るもの
鍛冶師、キロ・メトルが訪れたのは実験を開始してから2ヶ月が経過したときのことだ。
どこか疲れ果てた顔の親方は、事務方の女がまとめたという実に見づらい表のようなものを差し出してきた。
「親方、何だこれは」
キロは納得行かない、とでも言いたそうな顔ながら、苦しげに話し始める。
ジロリと鋭い目で睨みつけるエルザにおびえているというわけでもないだろうが、しきりに髭を撫でて落ち着きがない。
「御曹司に指示された通り、朝の9時から夜の6時まで、昼に1時間の休憩を義務付けました。その結果……予想通りと申しますか、最初の2週間は生産量がガタ落ちしました。が……それ以降は、一日中作業をしていた頃と比べて、生産の質量共に1割から2割向上しています」
「ほう、そうか。やはりな」
「……信じられません……一体何が起きているんですか! 作業時間が短くなっているのに、アイツら次から次に『こうすれば早く終わる』『こうすればもっとうまく出来る』なんて言ってやがったんです。昼飯食いながらずっと『どうすれば時間内で今まで通りの仕事が出来るか』を話して……俺も知らないやり方まで編み出しやがったんです!」
動揺しているな。だが想像通りだ。
「クククク……全て私の計算通りだったな……」
「御曹司、これは一体何が起こったんですか」
「説明しただろう。時間を限られたら職人どもはなんとかして仕事を終わらせようとするだろう。そのために必要な工夫をする。その結果がこれだ。それで親方、気付いた事は他になかったか」
「は、はい、実は不便な事というか、手間がかかっていたことが……」
「聞かせろ。その前にエルザ、紅茶だ。親方にも出してやれ」
「はい、坊ちゃま」
エルザが慣れた手つきで紅茶を淹れる中、親方キロ・メトルの話は続いた。
「入荷した資材の大きさに重さがバラバラで、まぁ時間を食うのは事務方の連中なんですが、グレイスベルグ王国とインダス王国とで、重さの単位や長さの単位も違います。それに隣の伯爵領ではグレイスベルグ王国の単位を、王都では王都独自の単位を使っています。どこから仕入れたものが、この公爵領都の単位でどれくらいになるのか、その計算で手間取ったり、先方の計算違いで発注のトラブルになったりと、まぁ面倒なことが続いておりましたな。まぁ、職人達の仕事には大して影響は無かったんですが」
「ほう?」
聞き捨てならない言葉だ。
これは職人たちの生産性よりも大きな問題。
「単位が違う、といったか。それはどういうことだ」
「はい。御存知の通り、インダス王国では重さの単位『ボンド』を使っていますが、グレイスベルク王国では『クー』を使っています。インダス王国の今のボンドは女王陛下がお生まれになったときの体重を1ボンドにしています。グレイスベルク王国では今上の王の毎年の夏至の体重を1クーにしています。ここ数年のレートではグレイスボルクの1クーは27ボンドから37ボンドになります。今年の1クーは――」
「分かった。なるほどな……確か長さの単位も似たようなものだな。インダス王国は『ヤンド』が王の肘から中指の先までの長さ、グレイスベルクでは『夏至の日に王が10歩歩いた距離』が1リー、だったか……玉座の主を基準とするのが神の御心に適う善、というものだったな」
「その通りです」
「くだらん」
実にくだらん。
なんだこの不合理な決め方は。
王が変わるたびに1ボンドも1ヤンドも重さや長さが変わる。グレイスベルクの『クー』と『リー』に至っては毎年変わるではないか。考え方によっては王の気分ひとつで基準が変わる。こんな『善』がまかり通っているというのなら、そんな善は悪がねじ伏せてやる。
「不変にして普遍の単位があれば……そうだな、規格を作るぞ、親方」
「な、なんですと!? 王の玉体をもとにせぬ、不変にして普遍の単位を作るなど、そのようなものは王家を王家たらしめる神への冒涜、王家への反逆ととられてもおかしくありませんぞ!」
「それがどうした。親方も不便だと言っていたではないか。重さや長さの基準が変わらず、どこでも同じものが使えるとしたら便利になると思わんか?」
「それは確かに便利ですが……では、何をどのような基準になさるおつもりですか」
それは確かに、よくよく考えなければならないところだ。
勇者の書に記されていたものを思い出す。冷害に強い麦について語っていたという勇者、ノーギョーコーコーの使徒とは別に、コーギョーコーコーの使徒、ショーギョーコーコーの使徒もいたというではないか。
この『ギョーコーコー』という組織が分派してノー派、コー派、ショー派になったのだろう。
勇者たちはこの『ギョーコーコー』という謎の組織の使徒、ということか。
この中のコー派の勇者の言行録の章では、長さと重さの『原器』を作り、それを全ての基準にしたのだそうだ。
ただ、長さと重さの原器であるからには、由来にもそれなりの格式が無ければならない。
「では、こうしよう。我がダンストン家の始祖、イリアス様が使っておられた宝剣の長さと重さを単位とする。ミスリル製の、このダンストン家の家宝である剣を基準とするのだ格式としても十分だろう」
「け、剣を、剣を長さと重さの基準に?」
「そうだ。畏れ多くもこのインダス王国の建国王、ネメス王が直々に始祖イリアス様へ賜った剣だ。王家を蔑ろにしているとは誰も言えまい。私が剣の長さと重さを正確に測って親方に知らせる。親方はその長さと重さをもとに『基準原器』を作ってもらいたい」
「こ、このキロ・メトルに、長さと重さの基準となるものを作れと、そう仰せあるか……」
我ながら良い考えだ。
長さや重さの基準が、王の代替わりその年によって長さや重さが変わるなどという、フザケた事態は無くなるはずだ。
「しばらく待っていろ。すぐに調べる」
「お、御曹司、そんな家宝の剣を今すぐ!?」
「ふん、私を誰だと思っている、このダンストン公爵家の嫡男、次期公爵だぞ。家宝に触れる許しなら父上から頂いている。親方はしばらく待っていろ」
まさか我が家の家宝、始祖イリアス様の剣も、立ちはだかる敵を斬るためではなく、世界を作る基準になるとは思っていなかっただろう。
「さぁエルザ、行くぞ」
「はい、坊ちゃま」
だがそれでいい。剣は、常に未来を切り開くために振るわれるべきものだ。




