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06 商談

 商人との会談の序盤は、母上と商人との買付や公爵領で生産されたワインなどの販売についての商談が主だった。

 

「ところで、今日同席しておりますのは息子のダニエルですの。社会勉強として、こういった取引の現場を見せておりますわ」

「それは大変良いことかと思います。ダニエル様、私はグレイスベルグ王国のジャーリー商会にて副会長を勤めております、アルフレッド・ジャーリーと申します。父である会長、フェルディナンド・ジャーリーの代からマーガレット様とは懇意(こんい)にさせていただいております」

「そうか、ダニエル・フォン・ダンストンだ。よろしく頼む」

「ありがたき御言葉でございます」

「ときにアルフレッドとやら、先日母上から、貴国では冷害に強い麦に乳量の多い乳牛の品種改良に成功した、という話題を耳にしたが、本当か」

「さすがは公爵家ご嫡男……そこにご興味を持たれましたか! いや実にお目が高い! 仰る通りでございます。我が国の農業研究所が主体となったプロジェクトで、冷害に強く実入りも多い品種の小麦に、虫害に強い大麦、加えて乳量が従来の4割増しとなる新たな乳牛の品種改良に成功しております」

「そうか。では、その小麦と大麦、それに乳牛を手に入れられるだけ手に入れたい。どれくらい手配できる?」

 

 さすがに母上も少し驚いたようだが、意外そうな表情は一瞬で消え、まるで子供のお手伝いを喜ぶ母親のような表情で私を見下ろした。

 

「小麦と、大麦と、乳牛で3つですわね?」

「はい母上。私はその3つが欲しいのです」

 

 すぐに商人へと視線を向けた母上の声は(りん)として美しい。愚民どもが恐れてひれ伏すと言われる声だが、私にはこの上なく優しく美しい声にしか聞こえない。母上の声に匹敵する声の持ち主といえば、エリザベータとエルザくらいだろう。

 

「用意してもらえますね? アルフレッド?」

「もちろんでございます。では小麦と大麦の種は大樽に5本ずつ、それに乳牛は雄を2頭に雌を8頭の合計10頭で如何でしょうか。すぐにご用意できるものとしては、これが精一杯で」

「良いだろう。すぐに、できるだけ早くに届けてくれ。それから母上、先々月の領内で起きた豪雨と土砂崩れで、職を失った百姓どもが居たかと思いますが、奴らに育てさせようかと思います。お許しをいただけますか?」

「もちろん。ダニエル、あなたの思うようにやってご覧なさい」

「ありがとうございます」

「ち、ちなみにダニエル様、その乳牛は草を多く食べますし、水も必要です。もしご希望ならば、グレイスベルグから畜産に詳しいものを派遣することも出来ますが」

「そうか、では是非それも頼む。手付金は——」

 

 ぱちん、と指を鳴らしてエルザに布の包を差し出させる。

 中身は銀の延べ棒だ。銀貨400枚に相当する価値がある。貧乏な百姓どもは、一生で1度も目にすることがないであろう代物だ。

 

 私は毎月、父上から予算を与えられている。

 消費するだけではなく、中長期的な事業に投資するも良し、私兵を集めるも良し、好きに使えと言われている。この予算の有意義な使い所は今まで無かったが、勇者の書などという悪徳の書を紐解く今、このときに使わずしていつ使うというのだ。

 

「ククク……どうだ、足りるか?」

「じゅ、十分です! ありがとうございます!」

「まぁ、良い使いっぷりですわねダニエル。お父様のような豪快な性格の片鱗(へんりん)が見えていましてよ?」

「ありがとうございます母上。父上は私の見本、目指す姿です」

「うふふ、きっと閣下もお喜びになるわ。ではアルフレッド、早速手配なさい。それからエルザ、あなたもダニエルのことを助けるのです。よろしくて?」

 

 エルザは母上の言葉に、機敏な動作で跪いた。

 

「もちろんです奥様。私は坊ちゃまに身も心もカラダも捧げております。いついかなるときでも、私の全ては坊ちゃまのものです」

「良い心がけですわ。ではダニエル、頑張るのですよ」

「はい、母上」

 

 よし、これでうまくいきそうだ。

 

 金は使うべきタイミングで、使うべき金額を使えるか、それが肝心だ。

 倹約するだけでもダメだし、集めるだけというのは愚の骨頂。

 金の流れは血の流れ、滞ったら滞ったところから腐って落ちる、というのはダンストン家の始祖、イリアス様の言葉だと伝わっている。

 使い所を見極められぬ者のもとに金は集まらない、というのは父上の御言葉だ。

 

「ククク……使ってやろうじゃないか……何が善行だ、何が神の思し召しだ。そんなもの知ったことか」

 

 思わず感情が高ぶって言葉が出てしまった。

 そう、何が善だ。

 アレをしてはならない、これはまかりならぬ、それは前例がない。

 そんながんじがらめなルールに縛られて身動きが取れない中で、小手先の小賢しい真似を繰り返すのが、神官どもや様式美にこだわる他の貴族どもの言う『善』だというなら、そのようなものは豚にでも食わせてしまえば良い。

 

「エルザ、私についてこい」

「はい坊ちゃま、どこまでもお供いたします」

「まずはその百姓どもの汚いツラを見に行くぞ。銀貨を300枚用意しておけ。公爵家の威光を見せつけて、私の足元にひれ伏させるのだ」

「かしこまりました、坊ちゃま」

「ハーッハッハッハ! 待っていろ愚民ども、小賢しい『善』など、この私の『悪徳』がねじ伏せてくれる! 愚かな民も、役立たずの他の貴族どもも、全て私の足元にひれ伏すのだ!」

「素晴らしいです……それでこそ坊ちゃまです……エルザは濡れてしまいそうです……」

「ん? なぜ濡れるのだ。風邪など引いたら許さんぞ。さぁついてこいエルザ」

「はい!」

 

 何故か内股になっているエルザが馬車の中ずっと『これは護衛のためです』と密着してきた。

 やはり勤勉な従者というものは良いものだ。

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