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05 社会実験

御曹司(おんぞうし)、お初にお目にかかります。キロ・メトルと申します」

 

 エルザが公爵邸につれてきた職人は屈強な男で、先祖にドワーフがいるのだという。

 分厚くなった皮膚と節くれだった指に、エルザの脚くらいの太さがある前腕を見るに、相当な熟練の職人であろう事は見て取れた。

 

「よく来てくれた。親方も忙しかろう、単刀直入に話をしたいが、まずはエルザ」

「はい、坊ちゃま」

 

 エルザに目配せをして、あらかじめ用意しておいた包をキロに差し出させる。

 中身は、おそらくは庶民が1年は遊んで暮らせるであろう金額に相当する銀貨だ。

 

「お、御曹司、これは……?」

「まずは足代だ。本題はこれから話す。まぁ頷くも首を横に振るも親方次第だ。どちらにせよ、その包は持って帰れ」

「……ありがたく」

 

 キロは深々と頭を下げて、いかにも怪訝と言わんばかりの表情を向けてきた。

 まぁムリもない。どう考えても怪しすぎる。一体どんな面倒事を押し付けられるのか、とでも言いたげな顔だ。

 だが、私が頼みたいのは、そんじょそこらの面倒事ではない。

 

「親方の工房には何人の職人がいる?」

「そうですな。鍛冶職人が4人、木工職人が8人、宝石加工職人が2人、それから武器を専門とする鍛冶職人が3人、ワシをふくめると全部で18人ですな。それに事務方に炊き出しをする者、見習いも合わせると30人おります」

「そうか。なかなかの規模だな。仕事はいつごろ始めていつ頃までやっている?」

「そいつぁ……日の出で起きて朝飯を食ってから仕事、それから、終わるまで仕事ですな」

「ふむ。仕事の開始は7時頃、といったところか。終わるのは毎日何時頃だ?」

 

 キロはますます怪訝(けげん)な顔になる。が、公爵令息、御曹司と呼ぶ相手からの質問だ。おまけに銀貨200枚を受け取ってしまった以上、質問に答えないわけには行かないだろう。

 

「そ、そうですな、終わるのは、まぁ……夜の8時か9時か、10時くらいか、ですな」

「そうか。では親方、実験に協力して欲しい」

「じ、実験ですか、ワシが御曹司の実験のお役に立てるかどうか……」

「今から2ヶ月間、職人が仕事を始めるのを朝の9時、終わりを夜の6時にして欲しい」

「なっ」

 

 がた、と立ち上がろうとしたが、エルザがピクリと手を動かしたのを見てか、親方は青ざめた顔で静かに腰を下ろした。

 

「その銀貨は、売上に与える影響の補償だと思って良いぞ」

「な、なるほど……そういうわけでしたか……しかしそんな、仕事をする時間を減らすというのは、それはどうして」

「集中させるんだ。長時間の仕事は疲労を産む。疲労は集中力を削ぐ。集中力が削がれれば仕事の品質は落ちる。短時間で、集中できる時間を目一杯集中させるんだ。職人や顧客がなにか声を上げたら私からの指示だと言え。納期が近いものから最優先で作業をさせるんだ。それで事務方のものに、作り上げたものの数と品質をチェックさせるんだ。2ヶ月の実験を完遂したら」

 

 ぱちん、と指を鳴らしてエルザに合図をすると、また別の包をがちゃ、と重たい音を立ててテーブルに載せる。

 全く同じ大きさ、全く同じだけの銀貨が入った包だ。

 

「これを報酬として出そう。さっきのは売上の補填、こちらは純粋な報酬だ。もちろん売上が変わらなくてもそのまま懐にいれてかまわんぞ、クククク……」

「わ、わかりました……御曹司がそうおっしゃるなら……」

「あぁ、なにかあったら私の名前を出して構わん。文句を言うやつはとりあえず黙らせろ。文句は公爵家嫡男のこのダニエル・フォン・ダンストンに直接言いに行け、とな」

 

 キロ・メトルは大柄な身体で銀貨の包を抱えて公爵邸を後にする。

 これでまずひとつ実験材料は出来た。そして今日はもう1組、面会する予定がある。

 

 母上のもとに、隣国グレイスベルグから商人がやってくる事になっていた。

 勇者の書によると、冷害は大規模な飢饉に直結する。おまけに飢饉は人口の、それも農業生産に携わる百姓どもを大勢損なうことになるというではないか。

 

 フザケた話だ。百姓どもが減ったら、誰が私が口にする食料を作るのだ。

 さらに冷害対策は一朝一夕には進められない。数年をかけて食料の備蓄を進めておかねばならないというではないか。400年前の勇者には『ノーギョーコーコー』なる組織に属していたものがいたらしいが、やたらと食料生産に詳しかったそうだ。

 

 実に都合が良いではないか。その勇者とやらの悪徳の知恵、この私が利用してやるとしよう。

 それに、百姓どもはともかく、公爵家が飢えるなどという事はあってはならない。冷害対策は早くに進めておくに越したことはない。

 

「ダニエル、もうすぐ客人が来ます。支度を」

「はい母上」

「あなたが農業に興味を持つ、というのは意外でしたね」

「将来父上の後を継ぐものとして、幅広い知識を身に着けなければなりませんから」

「まぁ、頼もしい……素晴らしい心がけですわ。褒美に、今日は商人から3つ、好きなものを好きなだけ買いなさい。わたくしが支払いを持ちましょう」

「ありがとうございます母上!」

 

 やはり母上は器が大きい。さすがはもと王族だ。

 この威厳、風格、そして度量。そこらの貴族家の当主など足元にも及ばない。


 私の目指す姿、それはまさに偉大な母上にほかならない。

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