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03 仲の良い兄妹

 勇者の書は、我が国の『常識』からは到底考えられない文化や風習、法制度があったようだ。

 

「この勇者の書の一節を教えてやろう。これは父上にも母上にもヒミツだぞ?」

「えぇえぇ、もちろんですわお兄様、早く教えてくださいませ」

「ククク……いいだろう。驚くなよ? 勇者の国では……労働時間が長くなれば長くなるほど効率が落ちて、結果として生産性が落ちるという調査結果が出ていたらしい」

「まぁ……どういうことですの? 民衆は働かせれば働かせるだけ良いのではなくて?」

「どうやらそうではないらしい。私はな、この記述が真実かどうか、試してみようと思う。どうやら勇者の国、『ニホン』では労働時間を1日8時間に抑えたときに、長期的に見ると労働の成果が最大化されたらしい」

「8時間ですって? お兄様、それはさすがにありえませんわ!」

「そうだ。普通に考えれば到底あり得ない。だがこの『勇者の書』が禁書となったことを考えるんだ。もしもこの記述が真実なら、どうなる?」

 

 エリザベータは小首を傾げて考え込む。相変わらず可愛らしい、美しい妹だ。

 エルザも、エリザベータの侍女アビゲイルも難しそうな表情である。

 

「発言、よろしいでしょうか」

 

 先に手をあげたのはアビゲイルだった。

 長身で、徒手格闘術に限ればエルザと並ぶ実力者であると聞く。頼もしい限りだ。

 

「私はお嬢様と同意見です。やはり労働時間と労働の成果は比例するもの。労働時間を短くしてしまっては、得られるべき成果を失うに等しいものでは、と考えます」

「では坊ちゃま、私からも発言を」

「あぁ、エルザの意見も聞こう」

 

 何故かアビゲイルに対して勝ち誇ったような顔で私に視線を向ける。

 

「私は、勇者の書の記述にも一理あるかと」

「ほう?」

「ただし、短期的にではなく数ヶ月、数年という長期での視野で見た場合になります。おそらく勇者の世界では、仕事に集中して取り組める時間を8時間と見たのではないでしょうか。その上で、ある程度仕事に割り振る時間を短くして、民衆が自身の生活に割り振るように仕向けます。そうなれば体力気力共に回復し、人口も増えることにつながるでしょう。さらには公爵家への忠誠度もあげることが出来ます。となれば、効率が向上する、向上した効率を多くの民衆が用いることで、全体の生産力が向上する——と考えられるかと」

 

 素晴らしい。

 さすがはエルザだ。

 アビゲイルが悔しそうな表情を浮かべているが、彼女も実力ではエルザには敵わない。

 

「アビゲイル、今回はあなたの負けね」

「くっ……申し訳ございません、お嬢様……」

「良いのです。こうして優れた考えを聞くことは、その考えを我が物にすることが出来るということ。アビゲイル、あなたは労せずしてエルザの考えを得たも同然なのです。誇りなさい、その戦果を。そしてわたくしのために、新たな知見を役立てなさい」

「はっ! ありがとうございます、お嬢様!」

 

 やはり我が妹、エリザベータも優秀だ。こうでなくては公爵家の子女は名乗れまい。

 己の才覚だけでなく、侍女も、使用人も、そしてこの兄ですらも利用する。そうだ。そうでなければ。

 

「ククク……いいぞエリザベータ、それでこそ我が妹だ」

「ありがとうございますお兄様。アビゲイル、わたくしたちも励まなければなりませんね」

「はっ。エルザに負けぬよう、私も学びます!」

「あぁ励め。我々はありとあらゆる選択肢を選び取れるよう、常に備えねばならん。正義だの道義だのモラルなど些末(さまつ)なことに縛られるな。ダンストン家の者は、実利のためなら悪の道でも笑って歩める度量を持たなければならん」

「はいお兄様!」

 

 満足したのか、エリザベータとアビゲイルの二人は退出していった。

 何故かエルザは勝ち誇った顔でドアに視線を向けて、ふんと鼻をならす。

 

「……坊ちゃまにお仕えする私に勝とうなんて、十年早いわ……」

「エルザ、紅茶を」

「かしこまりました、坊ちゃま」

 

 部屋に立ち込める紅茶の香りを楽しみながら、禁書『勇者の書』を読み進める。

 読めば読むほど素晴らしい書だ。これが悪徳の書であるというのならば、ダンストン家が今後取るべき道は、間違いなく悪だ。

 

「エルザ、少し手伝ってほしいことがある」

「何でしょうか坊ちゃま。女体の神秘に関する実技でしたら、私はいつでも準備が出来ております」

「それはまた今度。エルザが暗器や麻酔薬を仕入れる工房の親方に取り次いで欲しい。さっきのアレを試したい」

「……かしこまりました。坊ちゃま、実技の訓練はいつ頃になさいますか?」

「そうだな」

 

 こと、と静かにティーカップを机に置いたエルザは、ジト目のままでじっと私を見下ろしている。

 

「確かその実技は、母上から『まだ早い』と言われていたのではなかったか?」

 

 ちっ、とエルザはなぜか舌打ちをする。

 

「失礼致しました……では、今度奥様にお許しをいただいて参ります」

「あぁ、そうしてくれ。親方との面会の手配も頼むぞ」

「かしこまりました。坊ちゃま」

 

 うん。やはりエルザの淹れる紅茶は美味い。

 

「愛情を込めておりますから」

 

 うん。それは素晴らしい。だが、心を読まれているのかと思えるほど鋭い相槌は、少しばかり怖いこともあるから控えてほしいものだ。

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