02 ダンストン家の情景
父上がお戻りになったのは夕方のこと。母上と妹のエリザベータ、それに使用人や執事が頑健な父上を出迎えた。
宰相という文官の頂点であると同時に、国の中でも並ぶもののない槍の名手として知られる父上はいつ見ても威風堂々としており、貴族たるものかくあるべし、という素晴らしい目標であり続けている。
「おかえりなさいませ、閣下。夕食の支度を整えております」
「うむ。変わりはなかったか」
「はい。ございません。万事滞り無く」
「そうか。マーガレットのお陰だな。いつも頼りにしているぞ」
いつもながら父上と母上は仲睦まじい。妹も嬉しそうに両親の姿を見上げている。
久し振りの夕食の席では、父上が王都の話を聞かせてくれた。
毒殺を仕掛けてきた他国の刺客を自ら討ち取った話に、他国から流れてきた商人の話。王位を継がれた女王陛下の話など、公爵領都ではなかなか接することが出来ない話題だ。
「そうだ、商人の話で思い出した。アレをもってこい」
父上が不意に、執事の一人に声を掛ける。
大柄な、元軍人という執事が持ってきたのは、厳重に鍵が掛けられた木箱だった。
父上が鍵を開けると、木箱の中から一冊の古びた、立派に革で装丁された本が現れる。
「これはな、禁書と呼ばれた書物だ。王都では手に入らないものだが、隣の大陸の国に一冊残っていたようでな。密かに取り寄せた」
革の装丁にじっと見入る。おそらくはかなり昔の本なのだろう。ところどころ革は劣化して破れているが、中の紙は無事なようだ。
「マーガレットから聞いているぞ、ダニエル。お前は日々励んでいるようだな。この禁書、『勇者の書』は数百年前に記された書で、国家を転覆させる、王制を破壊させる恐れがあるものだそうだ。ダニエル、この書をお前に託す」
「ち、父上、これは……この禁書を、私に?」
「あぁそうだ。お前ならば昔の者たちが恐れたというこの禁書を読み解き、わがダンストン公爵家の利となるものを見い出すことが出来るのではないか、そう思ったのだ。……数百年前、魔王の封印に成功したという勇者たちは先進的な思想を持っていたそうだ。ニホンとかいう異世界の国の話を語っていたらしいな。語学にも優れたダニエルならこの古文書を読み解くことも出来るだろう」
なるほど。
私は母上と同じく語学を得意とする。数百年前の古文書の解読も、語学の授業でやったこともある。
「ダニエルよ、この禁書を読み解くのだ。そして勇者達の知恵をその手に掴め。その後は……分かっているな?」
「もちろんです父上。ダンストン家で最も尊ばれるのは『実利』。美辞麗句ばかりの綺麗事など何の役にも立ちません。利を生み出すのであれば悪であろうと……いや、悪と呼ばれるものこそ活用すべきです」
「そうだ。エリザベータも覚えておきなさい。わがダンストン家では悪を厭わない。実利こそが重要なのだ」
「はい、お父様」
エリザベータも利発な子だ。きっと将来は他国に嫁ぐことになるだろうが、良いパイプ役になることだろう。
「それからマーガレット、グレイスベルグの動向はどうだ?」
「特に大きな動きはありませんわ。ただ、農業関係で冷害に強い麦の品種改良に成功した、という報せがありましたわね。それに乳量の多い乳牛の品種も軌道に乗っているとか」
「ほう、それは面白いな。いくらか取り寄せられるか?」
「えぇ、もちろんですわ。種と牛を手配致しますわね」
家族揃っての食事は、ダンストン家では月に1度程度だ。
普段王都に住んでおられる父上は、世話係であるメイドと共に生活している。
このメイドは事実上の父上の愛人だ。しかも母上公認の愛人で、なんなら母上が生国であるグレイスベルグ王国から連れてきた母上の従者の一人だ。
定期的に父上の様子を母上に報告しており、メイド以外の女が父上に近付かないように目を光らせている。
父上は宰相と国軍総司令官を兼務しているだけに、その存在自体が最高機密の塊だ。
当然他国の間諜や、敵対派閥の貴族どもから刺客を差し向けられることも珍しくない。ハニートラップなどもはや日常茶飯事らしい。
「有能で美しい妻は人生の宝物、だな」
「まぁ、お上手ですわね、閣下」
愛人を認めながらも、父上と母上の中が睦まじいのはインダス王国の上流階級の間では広く知られている。
私も将来は父上のようにならなければ。
「お兄様、その勇者の書……読み解けましたらわたくしにも聞かせてくださいませ」
「あぁ、良いとも」
ああ、素晴らしい家族だ。
建国以来最高の有能な宰相として知られ、槍の達人として武名も高い父上。
隣国の王女という最高の血筋と美しい容貌、さらに極めて大きな度量に商才を持つ母上。
母上譲りの美貌に聡明な頭脳を持ち、学習熱心で努力家な妹。
誰もが、この世界は綺麗事だけでは動かないことを知っている。悪とされる手段であっても受け入れるだけの度量を持っている。
ダンストン公爵家に栄光あれ。我々こそがこの国を、世界を導くに相応しい。
父上がワイングラスを軽く掲げる。
母上も、エリザベータもそれに応じる。
「ダンストン家の栄光に」
私の声に、父上は満足げな笑みを浮かべ、ワインを豪快に飲み干した。




