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14 功績は誰の手に

 食事を終え、デザートを待つ間に母上が口にした言葉は、私にとっても決して小さからぬ驚きだった。

 私以上に驚いていたのは、好奇心旺盛なエリザベータだ。

 

「まぁ! お母様、それでは街道がもう出来上がったのですか!?」

「えぇ。農閑期の農民たちも良く働いておりました。ダニエル仕様のおかげですわ。これはダニエル、あなたの功績ですわ」

「ありがとうございます母上。それにキロ・メトル親方、お前の尽力あってのことだ。よくやってくれたぞ」

「恐れ多いことで!」

 

 父上の教えだ。

 自分の功績の中に他者の働きが含まれるときには、その他者の働きをこそ惜しみなく称賛せよ、というものだ。

 貴族ならば己の功績を声高に喧伝せよ、というのが『善』であるようだが、そのようなもの糞食らえだ。

 言葉ひとつ、褒美ひとつで有能な者の忠誠を買えるのならば安いもの。

 見るが良い、キロ・メトル親方の顔を。私と母上、それにエリザベータにまで忠誠以外の何者でもない表情を向けているではないか。

 この有能な職人と、その工房の完璧な忠誠を得ることは、私の功績の一部を譲り渡すよりも遥かに大きな価値がある。

 

「そうですダニエル。それで良いのです。エリザベータも、ダニエルの姿を見て学びなさい。これこそが帝王の道。あなたも人を使うに当たっては、自らの功績ばかりにこだわっていてはいけませんわよ?」

「はい、お母様」

 

 利発な妹というのは可愛いものだ。

 母上の称賛の視線、妹の羨望の視線、それからなぜか後ろのエルザからは熱っぽい視線を感じるが、そのいずれもが実に心地良い。

 

「お父様も、公爵閣下も(こと)(ほか)お喜びでした。書状であなたの功績を褒め称えておられましたよ」

「父上がですか!? 父上が私をお認めに……」

「えぇ。この大きな功績を女王陛下にお伝えしたところ、陛下と同い年のダニエルの功績を大いに称賛されたそうです。今度の春の祝賀会で、ダニエルに準男爵の爵位を(たまわ)る事になりました。キロ・メトル親方、あなたにも名誉士爵の爵位を授けるとのことです。今日はその旨を二人に伝えたかったのですわ」

「わ、私が、私が準男爵に……? 公爵家の爵位とは別に、私自身が爵位を!?」

「まぁお兄様! おめでとうございます!」

 

 過去に前例がないわけではない。

 高位貴族の子息が、爵位を継ぐ前に大きな功績を挙げた場合に限り、その子息自身に爵位を授ける事はあった。

 公爵家子息と準男爵では、爵位こそ公爵の方が遥かに上ではあるが、貴族当主である方が『貴族の家の子』であることよりも、比べ物にならぬほど立場は上になる。

 私は公爵家の嫡子としての立場に加えて、貴族当主である準男爵という立場を得ることになった。これは私が貴族の世界で一定の発言権を持つことを意味する。

 

「さすが……さすが父上だ。これで私自身の事業として、ダニエル仕様とキロ・メトル法の普及を進めることが出来る! 親方!」

「はい、御曹司!」

「貴様にはますます働いてもらうぞ! 考えていることはまだまだ山のようにある。父上の、ダンストン公爵のため、そしてダンストン準男爵のためにこれまで以上にこき使ってやる! ダニエル仕様の範囲内でな!」

「もちろんです! 朝9時から夜6時まで、粉骨砕身働いてご覧に入れましょう!」

「クククク……素晴らしい、素晴らしいぞ……ハーッハッハッハ! くだらん様式美に染まった善など、私の悪徳がねじ伏せてくれる!」

「その意気ですわダニエル。さぁ、今日は特に良い肉を使った昼食にしました。食の充実があってこそ十全の働きが出来るというもの。親方もですよわよ?」

「ありがとうございます、夫人。しかししがない職人だった俺が名誉士爵……死んだ親父やお袋に言っても信じなかったでしょうな」

 

 しみじみと感慨深そうに俯いた親方は、大げさに目を拭い鼻をすする。

 

 爵位というものは大きな責任を伴うが、それ以上に得られるメリットは極めて大きい。

 爵位を持つものが経営する工房ともなれば、他の貴族からの発注先として第一に候補として上がるだろう。そうなれば、今までのような庶民相手の小銭稼ぎとは比較にならないほどの利益につながる。

 より多くの利益はより多くの職人を抱えられるだけの財力につながり、それがまたさらにより多くの利益を生む。

 

「頼りにしているぞ、親方。実は貴様にまた頼みたいことがある。今度事務方の担当者と直接話しがしたい」

「事務方の、ですか。もちろん、御曹司のご依頼とあれば何でもお応えしますとも」

「うむ。それに母上、可能な範囲で構いませんので、この公爵家の帳簿を見たいのです」

「帳簿を?」

「はい」

 

 勇者の書にある『ギョーコーコー』なる謎の組織。その『ショー派』に所属していた『ショー・ギョーコーコー』の勇者が語ったと言われる『フク式簿記』なるものを理解するのには、いささか時間を要した。

 これは勇者の世界、ニホンという国の経済を牛耳っていた闇の組織、『ショー・コーカ・イギショ』なるものが制定した記帳法であるようで、カシ方とカリ方という概念が非常に難しかった。

 

 が、この概念をひとたび理解したら、この記帳方がとんでもなく合理的であることが分かる。

 理解深めれば深めるほどに、今この公爵領で多くの組合や店、工房や我が公爵家で採用している記帳法と比べて、恐ろしく確実で計算しやすく、さらに利益の計算を確実に行えるものであるということが分かる。

 従来の『伝統的記帳法』とやらは煩雑でわかりにくく、利益が出ているのかどうかすら計算する者によって判断が別れてしまう。

 利益を誤魔化すことが出来ない、ということは税を免れる事ができないということだ。今まで伝統的記帳法で税を免れていた者も、このフク式簿記の前では言い訳のしようもあるまい。

 

「私に、税収改善の良い考えがあるのです。エリザベータ、今回はお前にも手伝って欲しい。算術の天才であるお前の助けがいる」

「まぁ、私もようやく、お兄様のお役に立てる日が来ますのね?」

  

 今月10歳になったばかりのエリザベータは、心底嬉しそうな顔で大きく頷いた。

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