13 想定外の効果
冬の間の公共事業は大成功となった。
土砂崩れで畑を失い、公爵家からの援助を受けている百姓どもを現場作業に従事させることで、わが公爵家からの援助だけで暮らそうなどという怠惰な考えを叩き直すことにも成功した。
母上とエルザと共に工事の視察に赴いた折には、ちょうど昼の休憩中だったのか多くの百姓どもがこの私に跪いてきた。実にいい気味だ。
『ハーッハッハッハ! 貴様らもようやくダンストン公爵家の素晴らしさが分かったようだな!』
『はいダニエル様! ダニエル仕様のお陰で我々も毎日全力で働けております! 休憩時間もある、作業時間も決まっている……こんな公共事業の現場は見たことがありません!』
『ククク……素晴らしいぞ! さぁ! 契約書にある通りの報酬が欲しければ! 馬車馬のように働くのだ、百姓ども! 当然、就業時間9時から18時の範囲でなぁ! それから、残業が生じた場合は必ず申し出ろ! 残業手当も満額支給だ! ハーッハッハッハァ!』
『うおおおおおダニエル様万歳! ダンストン公爵家万歳!』
嗚呼、あの万歳の声は今思い出しても心地良い。
以前我が家に身売りにやってきた、あの痩せた娘の父親が今の村の代表のような地位にあるそうだが、その父親が涙ながらに母上に感謝の言葉を伝えに来たそうだ。
ふん、実にいい気味だ。愚民どもは公爵家のために、頭を垂れて粉骨砕身働けば良い。
「坊ちゃま、そろそろ昼食のお時間です」
「あぁ、ありがとうエルザ。すぐに出る」
最近エルザは夜眠るときにやたら薄着だ。結婚前の女がはしたないのではないか、と窘めたが『奥様のご指示です』とのことだった。まぁ母上の指示ならば仕方ない。だが冷たい手を私の寝間着の中にまで入れてくるのは控えてほしいものだ。
「今日の昼食はキロ・メトル親方も同席とのことでした」
「そうか。親方の工房も随分潤ったようだな。ククク……随分とキロ・メトル原器と定規の売上で儲けているな」
「はい。公爵領全体に行き渡りつつあります。公爵家が発注する公共事業は全て『ダニエル仕様』で出ておりますので、キロ・メトル規格の定規が必要不可欠です。それに、毎朝9時と夕方6時に公爵領内の役場で鐘を鳴らすようにしています。公爵領内の多くの工房、組合でダニエル仕様を採用し始めています」
「素晴らしい。やはり善など何の役にも立たんことが証明されつつあるな」
「はい坊ちゃま。エルザもそのように思います」
エルザは先程から私の手を握り、ぐいぐいと胸に押し付けている。なんだろう、エルザの胸を触るたびに妙な気分になる。
「坊ちゃまの器の大きさはエルザごときには測りきれるものではありません。エルザはどこまでも坊ちゃまについて行きます」
「あぁ、私について来い。新たな悪徳の世界を見せてやる」
そう、悪とは自由。自由こそが新たな価値を産み、その価値こそがダンストン公爵家をより高みに押し上げる。
食堂にはすでにメトル親方が着席していた。私の姿を認めるなり立ち上がったが、その身なりは以前と比べて格段に良いものになっている。
「儲かっているようだな、親方」
「それはもう、御曹司とダンストン公爵家の皆様のおかげで」
それはそうだろう。
キロ・メトル法という規格は公共事業と共に公爵領全土に広まっている。今のところ全ての基準となる定規と量りに使う分銅の生産は、キロ・メトル工房に独占させている。
多くの組合や工房、ギルドに至るまで様々なサイズの定規をメトル親方に発注せざるを得ない。独占市場における供給側は凄まじい利益を得られるものだ。
価格については上限を設けさせているが、それでも親方が受けるメリットは果てしなく大きい。
「今日は公爵夫人のお召しで、ご一緒させて頂くことになりまして」
「そうか。では面白い話を、たっぷりと聞かせてもらうとしようか」
不意にドアが開き、セバスチャンと母上、それにエリザベータが食堂へ入ってくる。
エルザも私も、親方も立ち上がって美しい母上と可愛い妹を出迎えた。
エリザベータは嬉しそうな笑顔で当然のように私の隣の席へ歩み寄り、エルザをちらりと見上げると勝ち誇ったような表情を浮かべる。可愛いやつめ。
エルザは少し複雑そうな顔で椅子を引き、エリザベータを座らせる。
「二人とも、今日も励んでいるようですね。母は嬉しいかぎりですわ」
「当然のことです、母上」
「わたくしも頑張っておりますわ、お母様」
「それは重畳。すばらしいことです。良いことダニエル、エリザベータ。私達は上に立つ者として、常に誰よりも勤勉でなければなりません。常に学び続けなさい。良いですね」
「もちろんですわお母様!」
「心得ています、母上。今日親方がこの場にいるのも私達の学びのためでしょう」
母上は満足げな笑顔で頷くと、引き締まった表情を親方へと向けた。
「まずは、食事にしましょうか。このダンストン公爵領都と、周辺の街を結ぶ街道整備事業の成功を祝して」
母上が軽くワイングラスを掲げる。
私とエリザベータはぶどうジュースが注がれたグラスを掲げ応える。
「さぁ親方も、遠慮は不要ですわ。今日は私も話を聞かせて頂きますわよ?」
「もちろんですとも、夫人」
さぁ、楽しい夕食会のはじまりだ。




