第17話 あれだけ動いたから
安全警告装置の件で、新しく分かったことは一つだった。
「壊れてません」
藤崎が言った。
「それ、前にも聞いた」
「今回はもう少し強く言えます」
東四区の管理棟。
朝の安全確認が始まる前に、俺と早瀬さんは技術側の説明へ呼ばれていた。
机の上には、例の警告装置から回収した部品と、藤崎の端末。
「本体側の故障履歴なし。出力部も正常。配線の断線もなし。昨日までに見つかった『警告出力応答なし』三件についても、その後の時間帯では普通に警告が出てます」
「勝手に直った?」
俺が聞く。
「それなら故障箇所が必要です」
「接触悪かったとか」
「それも調べました」
藤崎は画面を切り替えた。
小さなグラフみたいなものが並んでいる。
俺には分からない。
「接点抵抗も、回収後の再現試験では正常でした」
「じゃあ何で鳴らなかったの」
「コネクタが外れてたからです」
「そこに戻るのか」
「はい」
藤崎が昨日から何度も見た写真を出す。
固定爪付きのコネクタ。
「さらに、三件の『出力応答なし』が出た時間帯を確認すると、全部その数分前に保守扉が開いてます」
「誰か中触ってる?」
「扉を開けたことまでは」
「誰が?」
「分かりません」
「やっぱりそこは分からないんだ」
「共通の保守キーで開けられるので」
東四区の安全担当。
設備保守。
現場管理。
外部業者。
仕事上、触れる人間は複数いる。
「保守予定は?」
早瀬さんが聞く。
「三件とも登録なしです」
今度は長谷部さんが答えた。
「だから確認対象にはなってる。ただし、予定に残さない簡単な目視や復旧操作を現場でやること自体はある」
「開けたら記録は残る。でも何したかは分からない」
「そういうこと」
誰かがわざと警告を止めた。
そう考えたくなる材料は増えている。
でも、それだけではまだ足りないらしい。
「鳴海さん」
「何」
「今日、あの装置の近く行っても触らないでくださいね」
「触らないよ」
「気になって開けたり」
「しないって」
「鳴海ならやりそうだな」
早瀬さんが言う。
「俺、いつからそんな信用なくしたの?」
「最初からじゃないですか?」
藤崎まで乗ってきた。
味方がいない。
九時から、条件付きで止まっていた能力作業の一部が再開された。
能力を使うたび個別記録。
使用後の休養も、その場で入力。
警告装置の動作確認も、作業開始前に一回。
前より手順が増えたせいで、現場の動きは目に見えて遅くなっていた。
「三番、まだ?」
「記録待ち!」
「先に四番回して!」
「四番の担当、休養中!」
「じゃあ誰いるんだよ!」
倉庫の中を声が飛び交う。
事故前なら、誰かが一回多く能力を使って埋めていたのかもしれない。
今はそれをしない。
その結果として、待っている荷物が増える。
「これ今日終わる?」
俺が言う。
「終わらなきゃ明日だろ」
早瀬さんは気にしていない。
「納期ってそう簡単?」
「俺らが考えることじゃない」
「緒方さんは大変そうだけど」
倉庫の奥を見る。
緒方さんは端末を片手に、二人の作業主任と話していた。
「第二便、一部落とします。先方には俺から連絡します」
「でも明日も入ってますよ」
「分かってる。今日無理に回してまた止まったらもっと遅れる」
声が聞こえる。
昨日までより苛立って見えるが、能力使用を増やせとは言っていない。
少なくとも今は。
「鳴海、こっち」
早瀬さんに呼ばれる。
今日の俺たちは現場安全の補助だ。
作業の効率を上げに来たわけじゃない。
再開した区画を見て回る。
能力者が使った。
記録する。
休む。
警告が出る。
解除確認。
また作業。
地味だった。
午前中は、それだけで終わるはずだった。
十一時十九分。
倉庫の中央で、金属音がした。
それ自体は珍しくない。
重量物を扱う現場だから、何かが当たる音はずっとしている。
ただ、次に聞こえた声が違った。
「離れろ!」
振り向く。
天井クレーンから吊られていた長い金属フレームが傾いていた。
片側のガイドロープが床へ落ちている。
吊り荷そのものは落ちていない。
でも、慣性で横へ振れ始めていた。
「停止!」
作業員が非常停止を押す。
クレーンは止まる。
吊り荷は止まらない。
揺れる。
その先に一人いる。
若い作業員。
後ろには資材ラック。
横へ避けようとしているが、足元に台車があって動きが遅れた。
早瀬さんが走る。
俺も走った。
「右!」
叫ぶ。
作業員がこっちを見る。
遅い。
フレームが戻ってくる。
普通に走っても、ぎりぎり。
ぎりぎりなら借りる。
足の位置。
重心。
どこへ踏めば、一番短く身体を運べるか。
余計な補正を今だけ止める。
請求は夕方。
視界が変わるわけじゃない。
未来が見えるわけでもない。
ただ、足を置く場所を身体が迷わなくなる。
床に転がっているガイドロープを踏まない。
台車の角を避ける。
作業員の右腕を取った。
「こっち!」
「うわっ」
引く。
強く引きすぎない。
前回みたいに出力まで借りる必要はない。
男の身体が一歩こちらへ出た。
俺はそのままラックとの隙間へ押し込む。
直後。
フレームがさっきまで男のいた場所を通った。
大きな音を立てて、別の緩衝材へ当たる。
「止まれ! 近づくな!」
早瀬さんが周囲を下げる。
クレーン担当が完全停止を確認。
現場全体が一度静かになった。
「大丈夫?」
俺が聞く。
助けた作業員は壁へ背中をつけたまま頷いた。
「はい……」
「どこか当たった?」
「腕だけ、引かれた時に」
「痛い?」
「ちょっと」
「医療確認入れよう」
俺が引いたせいで怪我していたら意味がない。
近くの安全担当へ引き渡す。
「鳴海」
早瀬さんが呼ぶ。
「使った?」
「制御だけ」
「いつ払う」
「夕方」
「何時頃」
「勤務終わる前くらい。多少ずれる」
「申告入れろ」
「今やる」
端末を出す。
使った機能。
時刻。
予定支払開始。
入力。
送信。
前よりずっと面倒になった気がする。
でも東四区の人たちに個別記録を要求している横で、俺だけ適当にするわけにもいかない。
「鳴海さん」
声を掛けられた。
緒方さんだった。
「怪我ないですか」
「俺は」
「今の作業員は?」
「確認中です。多分大きいのはない」
「よかった……」
緒方さんが吊り荷を見る。
「すみません」
「緒方さんが謝る話かはまだ分からないですよ」
「ここの管理なんで」
短く答えた。
それから俺を見る。
「今の、能力ですよね」
「はい」
「でも普通に動けてる」
「今は」
「反動って、もう来てるんじゃないんですか」
「俺のは後に回せるので」
緒方さんの目が少し動いた。
「そういう能力なんですか」
「まあ」
「どのくらい後に?」
答えようとして、止めた。
今の現場管理に必要な情報は何だ。
「今日の勤務中に来る予定です。始まったら現場対応から外れる可能性あります」
「……今は普通に働ける?」
「今は」
「分かりました」
緒方さんはそれ以上聞かなかった。
代わりに早瀬さんへ向く。
「午後、鳴海さんたちにもう一つ確認してほしい区画があったんですけど」
「状態見て判断します」
「今は問題ないんですよね?」
「今はな」
早瀬さんは俺を見る。
「でも能力使った時点で、夕方まで一人分確実に使えるとは考えないでください」
「なるほど」
緒方さんが頷く。
その顔が何を考えているかは分からない。
単純に人員計算をしているだけかもしれない。
現場管理者なら、それが仕事だ。
事故原因の確認が始まった。
切れたガイドロープ。
固定具。
使用前点検。
誰が担当したか。
俺たちは少し離れた。
「鳴海」
「何」
「午後の別区画、俺だけで行く」
「まだ動けるけど」
「知ってる」
「じゃあ行ける」
「夕方に支払い来るんだろ」
「そこまでには戻れる」
「戻れなかったら?」
「その時考える」
「それやめろって話」
早瀬さんが俺の肩を軽く叩く。
「今日は俺で足りる仕事だ」
「……了解」
「不満そうだな」
「別に」
「顔」
「もういいよそれ」
十二時前。
事故区画の安全確認を終えた時点で、俺は一度東四区を離れることになった。
午後は拠点内待機と再評価。
早瀬さんだけ別区画へ残る。
駐車場へ向かう途中、自販機の横で緒方さんとすれ違った。
「もう戻るんですか」
「一回」
「さっきあれだけ動けてたのに?」
「動けたから、です」
答えてから、自分でも少し変な説明だと思った。
緒方さんも一瞬黙った。
「……大変ですね」
「慣れてるので」
「さっきみたいなの、よくあるんですか」
「使うかどうかは現場次第です」
「使った後に外れるのは?」
「程度次第」
「そうですか」
そこまで。
緒方さんはスマホを鳴らされ、別の作業員のところへ行った。
俺は機構の車へ乗る。
運転してくれる別班の職員が発進させた。
窓の向こうで、東四区の作業が再開していく。
俺は助けた一人の代わりに、午後の現場から一人分消える。
別に初めてのことじゃない。
ただ今日は、その出入りを現場管理者に最初から最後まで見られていた。




