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第14話 十五分だけ座っていた



 森岡さんが二回目に能力を使ったことが、ほぼ確実になった翌日。


 俺はまた東四区にいた。


「もうここ、準勤務地じゃない?」


「嫌な勤務地だな」


 早瀬さんが入館証を首から下げる。


「飯屋も遠いし」


「そこ?」


「重要だろ」


 重要かもしれない。


 今日は事故対応でも機器回収でもない。


 労務側が、森岡さんの二回目の能力使用後に何があったのか現場を確認する。その立ち会い。


 俺と早瀬さんが呼ばれた理由は、最初の日の現場配置を知っているから。


 それだけだ。


「能力使う予定あります?」


 受付で聞かれた。


「ないです」


「現在反動は?」


「なし」


 必要事項に答える。


 最近、この質問に迷わず答えられる日は少し得した気分になる。


 東四区では、一部の能力使用作業がまだ止まっていた。


 倉庫そのものは動いている。


 フォークリフトが通り、作業員が荷物を運び、端末へ数字を入力している。


 誰も事件現場みたいな顔では働いていない。


「鳴海さん」


 労務担当の女性に呼ばれた。


「最初の日、森岡さんの飲み物があったのってどこです?」


「こっちです」


 作業台まで案内する。


 今は別の工具が置かれていた。


「この辺」


「三本って報告でしたよね」


「空が三本。全部飲んだかは分かりません」


「了解です」


 女性は端末へ入力した。


 俺が最初に書いた時は、こんな情報いるのかと思ったやつだ。


 今も、必要なのかは分からない。


 作業台の向こうから、若い男がこちらを見ていた。


 何度か見覚えがある。


 初日に休憩していた人だ。


「すみません」


 労務担当が声を掛ける。


「少しお話いいですか?」


「……はい」


 男は手袋を外した。


 近くの休憩スペースへ移る。


 俺たちは少し離れて立つ。


「森岡さんが十二時半頃に能力を使ったのを見た、と昨日お話しいただいてますね」


「はい」


「その後、森岡さんは休んでいました?」


「休んでました」


 答えは早かった。


「どのくらい?」


「十五分くらいじゃないですか」


 女性が端末へ視線を落とす。


「勤務記録には午後の休憩がありません」


「ああ」


 男は少し困った顔をした。


「でも、あれ休憩っていうか」


「どういう意味です?」


「そこに座ってただけなんで」


 男が指したのは、倉庫の壁際だった。


 折り畳み椅子が二つ。


 給水器。


 正式な休憩室ではない。


「作業はしてない?」


「してないです」


「十五分くらい?」


「多分」


「それを休憩とは呼ばない?」


「……うちだと、あんまり」


 労務担当の女性が顔を上げた。


「どういう扱いですか」


「水飲んだり、ちょっと座ったりは普通にあるんで。そのたび休憩にしたら、作業進まないじゃないですか」


 責められていると思ったのか、男の声が少し速くなる。


「別に休むなって言われてるわけじゃないです。体調悪ければ止まれって言われますし」


「勤務記録に入れる休憩とは別?」


「昼休みとか、ちゃんと作業抜けるやつは入れます」


「能力を使った後の休養は?」


 男が一瞬止まった。


「……人によります」


「森岡さんの場合は?」


「森岡さん、わりとすぐ戻るんで」


「自分から?」


「だと思います」


「誰かに戻るよう言われたことは?」


「それは……」


 男が倉庫の方を見る。


 誰かを探したわけではなさそうだった。


「分かりません」


 労務担当は追わなかった。


「昨日お話しいただいた時、森岡さんへ休んだ方がいいと言ったのはあなたですか?」


「はい」


「何て?」


「もう一回使ったなら少し座った方がいいんじゃないですか、って」


「森岡さんは?」


「『そうする』って」


「その後は」


「座ってました」


「十五分くらい」


「はい」


 そこまでは昨日聞いた内容と同じ。


「それから誰かと話してました?」


 男が眉を寄せる。


「緒方さん、来てたと思います」


 俺と早瀬さんは黙った。


 労務担当も声を変えない。


「何を話していたか聞こえました?」


「全部は」


「聞こえた部分だけで大丈夫です」


「人足りないから、戻れそうならお願いできるか、みたいな」


「緒方さんが?」


「はい」


「命令されたように見えました?」


 男はすぐ首を振った。


「そこまでは」


「森岡さんは何て?」


「『大丈夫です』って言ってたと思います」


 その言葉は知っている。


 便利で、あまり信用できない。


「そのあと作業へ戻った?」


「はい」


「能力もまた使った?」


「そこからは見てないです。俺、別の作業行ったんで」


「分かりました」


 聞き取りが終わる。


 男は何度も「休むなとは言われてない」と言った。


 たぶん、そこは本人にとって大事なんだろう。


 俺たちの横を通って作業へ戻っていく。


「十五分座ってた」


 俺が小声で言う。


「そうだな」


 早瀬さんが返す。


「休憩じゃない?」


「俺に聞くな」


「だよね」


 現場では座っていた。


 記録上では休んでいない。


 どちらかが嘘、という話ではなさそうだった。


 しばらくして緒方さんが来た。


「何か必要ですか?」


「森岡さんの事故日の流れを確認しています」


 労務担当が答える。


「十二時半頃、森岡さんとお話ししました?」


「しましたよ」


 緒方さんは迷わなかった。


「二回目使ったあと?」


「……そこまで覚えてないですけど、昼過ぎなら」


「何を話しました?」


「作業戻れそうか聞いたと思います」


「どうして?」


 緒方さんが一度、倉庫の奥を見た。


「人が足りなかったからです」


「能力をもう一度使ったことは知っていました?」


「その時は知りませんでした」


「森岡さんから聞いてない?」


「聞いた記憶はないです」


「能力使用記録の二件目が入力されたことは?」


「それも」


 緒方さんが眉を寄せる。


「俺、その時間ずっと端末見てるわけじゃないですよ」


「分かっています」


「森岡本人に戻れるか聞いて、大丈夫だって言われたからお願いした。それだけです」


 少し強い言い方になった。


「休めとは言ってます。普段から」


「今回も?」


「森岡が座ってるなら、その前に誰かが言ってたんじゃないですか」


「緒方さん自身は?」


「覚えてません」


 嘘かどうかなんて分からない。


 ただ、森岡さんを無理やり立たせた、と自分が責められているように感じているのは分かった。


「俺、能力者じゃないんで」


 緒方さんが言う。


「本人が大丈夫って言えば、どこまで本当に大丈夫なのかなんて分からないですよ」


 白瀬なら何て返すだろう。


 少し考えて、やめた。


 俺が答える話じゃない。


 労務担当もそこを責めなかった。


「事故当日の判断については別途確認します。今日は事実関係だけで大丈夫です」


「はい」


「勤務記録上、十五分程度の中断が休憩に入っていません。これは通常の運用ですか?」


「短い中断は入れないですね」


「能力使用後でも?」


「……そこは作業主任次第です」


「決まった基準は?」


「会社の基準はあります」


「現場では?」


 緒方さんが黙った。


 数秒。


「全部その通りには回らないですよ」


 小さな声だった。


「一人が十分止まるたび全部入力してたら、現場回らないんで」


「能力使用後の休養も?」


「危ない状態なら休ませます」


「危ない状態かどうかは?」


「本人と、周り見て」


「医療確認は?」


「毎回医療呼べるわけないでしょう」


 今度は苛立ちがはっきりした。


 言っていること全部が間違っているようには思えない。


 でも、その「周り見て」で森岡さんは倒れた。


 だから今ここにいる。


「今日はありがとうございます」


 労務担当が切った。


 緒方さんは一度頭を下げ、現場へ戻る。


 その背中を見ながら、俺は早瀬さんに言った。


「怒ってた?」


「ちょっとな」


「後ろめたいからかな」


「それも俺に聞くな」


「ですよね」


「単純に仕事止められて毎日知らん人間に質問されてたら、俺でも機嫌悪くなる」


「確かに」


 聞き取りは午後まで続いた。


 別の作業員。


 作業主任。


 安全担当。


 全員の話を俺たちが聞いたわけじゃない。


 必要な時だけ呼ばれ、最初の日の配置や設備位置を確認した。


 その中で一つだけ、何度か同じ話が出た。


 十分。


 十五分。


 水を飲む。


 座る。


 その程度なら、勤務上の「休憩」には入れない。


 能力を使った後でも、本人が戻れると言えば戻ることがある。


 誰か一人だけがそう言ったわけじゃなかった。


 拠点に戻ったのは十六時過ぎ。


 俺はそのまま現場班へ戻るつもりだったが、宮野さんに呼び止められた。


「鳴海、早瀬。五分だけ」


「最近五分で終わったことあります?」


「今日は多分」


「多分」


 宮野さんの画面には、東四区の能力使用記録が並んでいた。


 森岡さんだけじゃない。


「これ何?」


「過去一か月分。保全したローカル記録と会社提出データの照合、技術と労務が途中まで終わった」


 行がいくつもある。


 俺には名前と時刻くらいしか分からない。


「この印ついてるやつ」


 宮野さんが三件を指した。


「現地側では能力使用を受けて警告生成要求が出てる」


「会社の記録は?」


「その時刻の能力使用がない」


 一件。


 二件。


 三件。


 森岡さんとは別の作業員だった。


「全部消されてる?」


「まだそう言わない」


「でも会社側にないんですよね」


「ない。ただし入力ミス、端末同期、試験入力、いくつか可能性はある」


「三件とも?」


「だから確認する」


 宮野さんが画面を閉じる。


「今日のところはここまで」


 本当に五分だった。


 席へ戻りかける。


「宮野さん」


「何?」


「これ、森岡さんだけじゃない可能性ある?」


「ある」


「どのくらい?」


「分からない」


 即答だった。


 もう聞き慣れた。


「了解」


 今度こそ戻る。


 通路の先で早瀬さんが待っていた。


「どうだった」


「分からないって」


「最近そればっかだな」


「でも三件あった」


「そうだな」


 俺たちは現場班へ戻った。


 その日の夕方は出動なし。


 訓練用装備を片づけて、報告書を一つ終わらせた。


 帰る前。


 業務端末に、東四区の案件分類が更新された通知が来た。


『単発事故確認』


 その文字に取り消し線が入り、


『能力使用記録・安全運用に関する継続確認』


 へ変わっていた。


 森岡さんが十五分だけ座っていたことから、確認する範囲が一人分ではなくなった。

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