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第13話 十二時三十一分



 東四区の端末を十七%だけ初期化した犯人は、翌朝には分かった。


 正確には、犯人ではなかった。


「交換システムの自動処理?」


「そう」


 宮野さんが俺の前で画面を閉じた。


「昨日、業者が旧機器を取り外したでしょ。交換処理が一定段階まで進むと、旧端末へ初期化要求が飛ぶ仕様だった」


「じゃあ誰かが遠隔で消そうとしたわけじゃない?」


「少なくとも昨日十五時の初期化については、その可能性はかなり下がった」


「何だ」


「何だって何」


「ちょっと事件っぽかったのに」


「仕事で事件を求めないで」


 怒られた。


 朝九時過ぎ。


 俺は出動準備の途中で宮野さんに捕まっていた。


 昨日の端末初期化について、技術側の解析結果が出たらしい。


「でも交換依頼自体は誰かが出したんですよね」


「それは別に確認中」


「共通アカウント」


「覚えてるじゃん」


「三日も同じ話してるので」


「交換申請が不自然だったかどうかも、まだ判断しない」


「はい」


「今のところ分かったのは、昨日あの時間に『誰かが証拠を消そうとして初期化ボタンを押した』わけではなさそうってこと」


「了解です」


「不満そう」


「推理外れたから」


「推理するなって何回言った?」


 数えてはいない。


「鳴海」


 後ろから早瀬さんが呼ぶ。


「行くぞ。訓練棟」


「今行く」


 今日は午前中、狭所からの搬送訓練だった。


 ここ数日、東四区の確認ばかりだったが、本来の仕事はそっちじゃない。


 訓練用の防護具を持って宮野さんの席を離れる。


「鳴海」


 もう一度呼ばれた。


「はい?」


「東四区、別件で今日動くかもしれない」


「別件?」


「まだ話せる段階になったら呼ぶ」


「はい」


 今度は聞かなかった。


「成長したな」


 早瀬さんが言う。


「何が」


「『何で?』って聞かなかった」


「どうせ教えてくれないから」


「成長じゃなくて学習だった」


 訓練は昼前まで何事もなく終わった。


 能力も使わない。


 反動もない。


 八十キロの人形を狭い階段から三回運んだせいで腕だけが普通に疲れた。


「今日昼行ける?」


 更衣スペースで早瀬さんが聞く。


「何食う?」


「焼肉」


「昼から?」


「お前の奢り」


「まだ有効なのそれ」


「シフト代わった恩は一週間で消えません」


「千円まで」


「じゃあ定食」


 ようやく現実的になった。


 食堂へ向かおうとしたところで、業務端末が震えた。


 宮野さん。


『会議室二。鳴海・早瀬』


「焼肉消えた」


「言うな」


 早瀬さんが本気で嫌そうな顔をした。


 会議室には宮野さんと片桐さん。


 白瀬もいた。


 藤崎はいない。


 代わりに、労務側らしい見知らぬ職員が二人座っている。


「俺たち、また現場映像?」


「今回は確認だけ」


 片桐さんが空いている椅子を示した。


「森岡さんから追加の話が取れた」


 座る。


 白瀬の前には医療記録用の端末がある。


「本人、話せる状態なんですか」


「最初から会話はできてます」


 白瀬が答える。


「ただ昨日までは身体状態の確認を優先してました。今日、本人から能力使用について追加申告がありました」


「二回目?」


 聞くと、白瀬が頷いた。


「十二時三十一分頃。本人は二回目の使用をしたと話しています」


 部屋が静かになった。


 宮野さんが画面へ時刻を出す。


 十二時三十一分。


 何度も見た数字。


『能力使用記録 追加』


 警告装置側には、


『警告出力応答なし』


「じゃあ記録に出てた二件目、本物だったんですか」


「少なくとも本人はそう説明してる」


 宮野さんが言う。


「ログとも時刻が合う。ただし、どの程度の出力・時間だったかは本人申告と他の記録を照合中」


「何で消したんです?」


 今度は白瀬ではなく、労務側の男性が答えた。


「森岡さんの話では、入力したあと『午前から続いている同じ作業なので重複になる』と言われたそうです」


「誰に?」


「現時点では共有を控えます」


「本人が分からない?」


「相手についても確認しています」


 そう言われれば、それ以上聞けない。


「でも能力使ったなら、同じ作業でも二回じゃないんですか」


 俺が聞くと、片桐さんがこちらを見る。


「鳴海、お前の現場記録ならどうする」


「切って再使用したら二回で書きます」


「だよな」


 労務側の女性が資料をめくる。


「東四区の社内ルールでも、原則は個別記録です。同じ作業工程だから一回へまとめてよい、という規定は確認できていません」


「じゃあ間違ってる」


「結果だけ見れば」


 女性は少し言葉を選んだ。


「ただ、それが現場で以前から行われていた運用なのか、今回だけなのか。誰がその扱いを指示したのか。それを今確認しています」


 白瀬が続ける。


「森岡さん自身も、最初の搬送時には『一回』と答えています」


「会社に合わせた?」


「本人は、最初は二回目を一回として数えるものだと思っていた、と話しています」


「……そんなことある?」


「ありますよ」


 白瀬の返事は早かった。


「職場で毎日そう処理していたら、それが普通だと思う人はいます」


 そこで少し間を置く。


「でも本人が本当にそう思っていたかまでは、私には分かりません」


 森岡さんが会社を守ろうとして嘘をついたのか。


 本当に一回だと思っていたのか。


 面倒で詳しく話さなかっただけか。


 俺には分からない。


 ただ、二回使った。


 それだけは、昨日までよりずっと確かになった。


「安全警告装置の方は?」


 早瀬さんが聞く。


「十二時三十一分に警告生成要求が出ています」


 宮野さんが答える。


「でもコネクタが外れていたため、現場へは出力されなかった可能性が高い」


「いつ外れたかは?」


「まだ」


「交換申請は?」


「まだ確認中」


 分かったことが増えても、分からないことは残る。


「一つだけ」


 俺が言う。


「緒方さん、最初の日に『本人は午前中に一回だけって話です』って言ってました」


 宮野さんが俺を見る。


「覚えてる?」


「はい」


「正確な言い方?」


「多分。『本人は』って付けてたのは覚えてます」


「映像あるから確認する」


「じゃあ俺の記憶いらなくない?」


「照合するために聞いたの」


 そういうものらしい。


 映像を出す。


 現場入口。


 緒方さんの声。


『本人は午前中に一回だけって話です』


 確かに言っている。


「嘘ついてた?」


 俺が呟くと、片桐さんが首を振った。


「それだけでは言えない」


「森岡さんが一回って言ってたなら、本当に聞いたままかもしれない」


「そういうこと」


 緒方さんは、


 一回だった。


 とは言っていない。


 本人が一回だと言っている。


 と言った。


 たまたまそういう言い方をしただけかもしれない。


 意味があるかもしれない。


「現時点で誰か一人に絞る段階じゃない」


 片桐さんが全員を見る。


「今日から東四区の能力使用関連記録について、正式保全へ切り替える。会社側も同意済み。労務、安全管理、必要に応じて警察とも共有する」


「能力使う作業は?」


 早瀬さんが聞く。


「一部停止」


「全部じゃない?」


「全部止める根拠はまだない。警告設備と記録管理が確認できた区画から再開判断」


 ここでも全部止めれば安全、とはならないらしい。


 人が働いている。


 荷物も動く。


 仕事を止めれば、その分だけ別の場所へ負担が行く。


 会議が終わった時には、昼休みが半分消えていた。


「焼肉」


 会議室を出たところで早瀬さんが言う。


「今から?」


「定食なら間に合う」


「行くか」


 食堂へ向かう途中、白瀬が後ろから追いついてきた。


「鳴海さん」


「何」


「森岡さんのこと、現場で聞かないでくださいね」


「次行く予定ないけど」


「行くことになった場合です」


「分かってる」


「本当に?」


「俺そこまで信用ない?」


「質問に答えます?」


「答えます」


「じゃあ、半分くらい」


「昨日より下がってない?」


「昨日は評価してません」


 早瀬さんが横で笑った。


「白瀬さん」


「はい?」


「こいつ、昨日も今日も推理止められてます」


「やっぱり」


「やっぱりって何」


「一人増えたな」


 早瀬さんが嬉しそうだ。


「飯行くんでしょ」


「行く」


 白瀬とは廊下の分岐で別れた。


「白瀬さん昼は?」


「もう食べました」


「早い」


「皆さんが会議してる間に」


「賢いな」


「普通です」


 普通らしい。


 食堂で俺は生姜焼き定食を選んだ。


 早瀬さんは一番高い焼肉定食。


「それ千円超えてない?」


「百八十円は俺が出す」


「何か腹立つな」


「感謝しろ」


 食べ始めたところで、業務端末へ東四区の更新通知が来た。


『能力使用関連作業 一部停止』

『記録保全開始』


 早瀬さんも同じ通知を見たらしい。


「止まったな」


「一部だけ」


「現場の人、面倒だろうな」


「俺らも面倒だけど」


「向こうは給料に響く人もいるだろ」


 箸が少し止まった。


 昨日、緒方さんが言っていた。


 日給の応援もいる。


 全部止めたら、自分が説明する。


「調べない方がいいって話じゃないぞ」


 早瀬さんが肉を食べながら言う。


「分かってる」


「顔」


「何も言ってないじゃん」


「分かりやすいんだよ」


 またそれだ。


 午後は別の救助要請が一件入った。


 高所作業車の故障。


 能力者絡みではない。


 俺たちは現場へ行き、消防と一緒に作業員を下ろした。


 《後払い》は使わなかった。


 普通に梯子を上がって、普通にロープを扱った。


 帰投したのは十八時前。


 装備を戻していると、宮野さんから声を掛けられた。


「鳴海」


「東四区?」


「最近勘がいいね」


「それしか呼ばれないから」


「会社から追加資料来た」


「何か分かった?」


「一つだけ」


 宮野さんが画面を見せる。


 森岡さんが二回目を使った十二時三十一分。


 その時の作業班配置。


「同じ区画に六人いた」


「じゃあ見てた人いる?」


「一人、労務側の聞き取りで『使ったのを見た』って答えた」


「今日初めて?」


「昨日までは聞かれてなかった」


「何で自分から言わなかったんだろ」


「さあ」


 宮野さんが肩をすくめる。


「『能力使用回数を調べている』って知らなかったら、同僚が能力使ったことなんてわざわざ機構に言わないんじゃない?」


「……それもそうか」


 目撃者はいた。


 でも、見ていた人間が自動的に証人になるわけじゃない。


 聞かれて初めて、答える。


「その人の話では」


 宮野さんが続ける。


「森岡さんは十二時半頃、一度作業を止めたあと、もう一度能力を使ってる」


「ログと同じ」


「うん」


「じゃあ二回はほぼ確定?」


「かなり強くなった。でも正式には照合継続」


「慎重だな」


「仕事だからね」


 俺はロッカーの前に立ったまま、画面を見た。


 最初の日。


 俺が見た勤務端末には、一回しかなかった。


 けれど実際には、


 十二時三十一分にもう一度使った。


 本人も認めた。


 装置も反応していた。


 同僚も見ていた。


 それなのに、記録からは消えていた。


「鳴海」


「はい」


「もう一個」


「まだある?」


「その目撃者、能力使った後の森岡さんに休めって言ったらしい」


「休まなかった?」


「十五分くらい休んで、その後作業へ戻ったって」


「記録には?」


 宮野さんは答える前に画面を切り替えた。


 俺が最初の日に見た表示。


『休憩 09:45〜10:15』

『午後使用なし』


 午後の休憩は、どこにもなかった。

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