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輪廻の瑕疵  作者: 朔來 織
~朱華の紫灰~

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第九十七話 灰色の世界

須藤邸へ続く道。


見慣れたはずの景色から——

音が消えていた。


人の声もない。

生活の気配もない。


——ザッ——


典膳が泥を蹴る。


「はっ……はっ……!」


肺が焼ける。

それでも止まらない。


明里。

明典。


ただ二人の顔だけが浮かぶ。


——ボッ!!


右手から朱が噴き出す。


「……っ!」


制御できない。


——ゴォッ!!


典膳が駆け抜けるたび。

道端の草木が黒く焼け落ちていく。

朱が揺らぐ。


鮮やかだった色に——

濁りが混じる。

その代償を払うように。

典膳の身体から生気が削れていく。


それでも。


——ダンッ!!


門を潜る。


「明里っ!!」


返事はない。


「明典っ!!」


いつもなら誰かがいる。


声がある。

笑い声がある。


今日は——

何もない。


典膳が廊下へ足を踏み入れる。


——ギシッ——


一歩。


軋む床。


——ギシッ——


一歩。


冷たい空気が頬を撫でる。


——ギシッ——


一歩。


「……」


鉄の匂い。


知っている。

嫌というほど——知っている。


血。


——ギシッ——


一歩。


視界の端。


黒い影。

典膳は見ない。

見られない。


——ギシッ——


一歩。


床に血が滲んでいる。


——ピチャッ——


足袋が朱に染まる。


「……明里」


声が掠れる。


廊下の先。

家族が待つ部屋。


戸の前で足が止まった。


「……」


手を伸ばす。

指先が震えていた。


——スッ——


戸が開く。


「…………」


そこにあった色は——


朱。


床一面に広がる血。


その中心。


「……あ」


明里。

崩れ落ちた妻。


動かない。


「…………」


典膳の瞳が揺れる。


その傍ら。

血に染まった紫季が、静かに座していた。


「……母……上?」


紫季が顔を上げる。


涙に濡れた瞳。


「……ごめんなさい」


唇が震える。


「典膳……」


「…………」


音が。

消えた。


「…………」


明里を見る。


「…………」


紫季を見る。


もう一度。

明里を見る。


——パキッ——


何かが——

砕けた。


「…………ぁ」


喉が震える。

声にならない。


——パキッ——


朱の炎が揺らぐ。


——パキパキッ——


色が抜けていく。

熱が消える。


怒りでもない。

憎しみでもない。


悲しみですら——

もうない。


——ヒュウゥゥ——


朱が。

灰へ沈む。


人が。

壊れる。


そして——

鬼になる。


「——————っ!!!!」


声にならない絶叫。


空気が震える。


柱が軋む。


典膳の世界には——何も聞こえない。


明里の朱。

母の紫。

自らの朱。


色が——ゆっくりと失われていく。


「…………」


典膳が立っている。


ただ。

立っている。


その瞳には——


もう。

何一つ映っていなかった。


世界から色が消えた。

残ったのは。


完全な——

灰色。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

『輪廻の瑕疵』は、毎日18:00に更新予定です。

※本作は「カクヨム」にも重複投稿しています。


もし「沙苗と來のコンビが良いな」「先が気になる」と思ってくださったら、

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