第九十三話 朱の灯
『くくっ——くははっ!!』
——ズシャァァァッ!!——
それは武芸の範疇を超えていた。
信鷹の巨躯から放たれる一撃が、大気を爆ぜさせる。
周囲の空間が圧殺されていく。
——ギィィン!——
金属音が響く。
「ぐっ……!」
激震の余波で檻の枯れ蔓が千切れ飛び、血の雨が霧となって典膳へ吹き抜ける。
異界そのものが狂ったように、信鷹の焦燥に歓喜していた。
——ギギッ——ギギイッ!!——
(やめろ!!……止まれっ!典膳様に俺の刀を向けるなぁぁぁっ!!)
肉の壁を掻き毟るように叫ぶ、信鷹の意識。
『どうしたぁ?か弱いなぁ!人間っ!!くははっ!!!』
鐘鬼はその凄絶な抵抗すら嘲笑う。
信鷹の意志を足蹴に、剛腕を無慈悲に振り下ろす。
——ガギィンッ!!——
典膳は霊力のない体で朱の扇を盾に凌ぐ。
「ぐぅっ……!!」
骨を伝う衝撃で内臓が跳ねる。
口端から鮮血が伝った。
「……はぁ……はぁっ……信……鷹……っ!!」
典膳の瞳に底知れぬ焦燥が宿る。
目の前の兄の肉体が、自らが壊しながら襲いかかってくる。
死力を尽くした攻撃によって命が削りながら。
自分が生き延びるために回避するたびに——
兄という器が化け物の道具として完成に近づいていく。
残酷な事実が、典膳の精神を千々に引き裂いていた。
「はぁ……はぁ……ごふっ……」
肉体的にも精神的にも限界を迎えていた。
「――っ!?」
典膳の足首を、ヌルリと湿った藤の根が、まるで死者の指のように容赦なく絡め取る。
——ドシャァァッ—―
「う……っぐ……」
頭上に、月日さえも遮るように信鷹の巨大な影が覆いかぶさった。
見下ろす金色の瞳には、一切の情けもない。
『その眼だ……絶望の中にあって最後まで折れぬその眼。忌々しいあやつによく似ている』
鐘鬼が信鷹の声を歪ませて嗤う。
紫の交じる瞳には、かつての父への根深い憎悪があった。
玩弄する愉悦が声に混ざり合う。
『案ずるな。お前を喰らい、親子の再会をさせてやる』
典膳の脳天めがけ、鐘鬼の太刀が一刀の下に振り抜かれる。
——ビュオッッ!!——
「——お前が——」
典膳の内側で何かが、静かに、鋭く変質する。
——バシュッ!——
鐘鬼が振るった太刀の切っ先が一瞬で溶ける。
「……お前が……父上と、俺の……兄の……信鷹までも……そうか……」
典膳の口から漏れたのは、嗚咽ではない。
すべてを灼き尽くす、冷徹なまでの決意。
泥に塗れながらも握りしめていた朱の扇。
——バサリ――
炎が静かに揺らぐ。
兄を侵食する穢れを、業ごと焼き尽くす。
兄を兄のままでいさせるための、あまりに不器用な救済。
「――調子に乗るなよ……俗物」
——バサッ——
扇が闇を切り裂き、優雅に一閃。
――ゴオオオォォォォッ!!!——
枯れ果てた灰色の回廊が、鮮烈な朱に塗り潰される。
夜明けの明星よりも朱く。
世界すべての理を拒絶する烈火。
吹き荒れていた血の雨は、激情という朱炎で蒸発していく。
(ああ……そうだ。俺はこの言葉を知っている)
『な……なんなのだ……貴様は何者だぁぁぁっ!?』
「須藤典膳」
微かに残る信鷹の魂が、その名に激しく震える
かつて幼い頃に二人で泥だらけになった。
須藤の未来を背負おうと約束を交わした。
誰かが、再び自分たちを救うための産声か。
理の外側から響く声は、信鷹の焦燥と絶望を照らす。
決して消えない一筋の光。
「貴様は……俺が、この世に存在しなかったと――上書きしてやる」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
『輪廻の瑕疵』は、毎日18:00に更新予定です。
※本作は「カクヨム」にも重複投稿しています。
もし「沙苗と來のコンビが良いな」「先が気になる」と思ってくださったら、
評価、ブックマークで応援いただけると、執筆の大きな励みになります。
今後ともよろしくお願いいたします。




