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輪廻の瑕疵  作者: 朔來 織
~思緋紡ぐ鈍色の鎖~

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第九話 良薬、口に愛くるしい柴犬

「父さん、お呼びですか?」


沙苗が道源の部屋の襖を開けると、そこには厳格な父と、見慣れたその人が座っていた。


「沙苗、久しぶりだね。帰ってきたと道源様から聞いてね。顔を出させてもらったよ」


穏やかに、けれど逃げ場のない圧を感じさせる声で笑うのは、町の薬師である田中の婆だ。

古くから沙苗の体を気にかけてくれている、町の生き字引のような存在。

だが、その背筋はぴんと伸びている。


むしろ、家主であるはずの道源がどこか背筋を正していた。

妙に緊張した面持ちで座っている姿には、単なる薬師と依頼主ではない、何かが滲んでいた。


「あんた、まだ少し顔色がよくないね。渡してあった薬、飲んでないだろう?」


「うっ……あの薬、苦すぎるのが悪いのよ。もっと、こう、飲みやすくするとか……」


「飲みやすくしたところであんたは適当な理由をつけて飲まないだろう?今ここでしっかり飲みな。あたしの前で飲めないなんて言わせないよ」


婆さんの瞳が、一瞬だけ鋭く細められる。

それは孫を叱る老婆のようなそれではなく、有無を言わせぬ絶対的な女王の眼差し。

道源でさえもその迫力に押されたように、視線を逸らして沈黙を守っている。


沙苗は抗えぬ気圧に押され、観念したように苦い薬を手に取った。


「……うぅ……何でこんなに苦いのよぉ……」


そんなやり取りを背に、縁側では静かな戦いが行われていた。

ヒトであろうと足掻く鬼と、一匹の柴犬。


來は無言のまま、手に持っていた団子を一粒、空へと放り投げた。


「わふぅっ!」


柴犬が軽やかに宙を舞い、空中で団子を仕留める。

着地は音もなく、四肢にかかる重心を完璧に制御していた。

およそ柴犬らしからぬ洗練された挙動だ。


來と柴犬は、言葉を交わす代わりに静かに視線を合わせた。


(……こいつ……できる……)


來は目の前の柴犬の機微に目を細めた。

次の一投。

これですべてが決まる。


「來……団子に殺気を込めるな。そもそも団子は静かに食え。シンも空中団子を求めるな。どんな柴犬だお前は……」


道源のやれやれと言った溜息が初夏の風に溶けていく。


逃げ場のない状況で、眉間に皺を寄せながら苦い薬を飲み下す沙苗。

広々とした空の下、何故か好敵手と認め合う來と柴犬のシン。

道源の目に映るそれぞれの姿は、楽しげに過ごす家族の時間そのものであった。


「今日も平穏だな」


新緑の生命が照らす初夏。


それは突然起こった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

『輪廻の瑕疵』は、毎日18:00に更新予定です。

※本作は「カクヨム」にも重複投稿しています。


もし「沙苗と來のコンビが良いな」「先が気になる」と思ってくださったら、

評価、ブックマークで応援いただけると、執筆の大きな励みになります。

今後ともよろしくお願いいたします。

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