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輪廻の瑕疵  作者: 朔來 織
~朱華の紫灰~

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第八十七話 暗夜航路

屋敷を包む闇は、もはや夜の静寂だけではなかった。

当主の座にありながら、道舟の心は寄る辺ない小舟のように、荒れ狂う劣等感の海を漂っていた。


「母上……私には須藤家を導く器はありません……兄上は、やはり私など遠く及ばない傑物です。須藤の歴史の中でも類を見ない、後世に名を遺す正真正銘の怪物です……私は……私には……兄上が眩しすぎる……」


畳に額を擦り付けんばかりに絞り出す、道舟の告白。

霊力を失ってもなお、その差配一つで一族を掌握し、かつて以上の輝きを放つ兄。

その背中を追えば追うほど、道舟は自らの影の濃さに耐えられなくなっていた。

だが、返ってきたのは、かつてのような慈愛の言葉ではなかった。


「何を弱気なことを言っているのですか。あなたは須藤家の当主。今までも、これからもあなたがこの家を率いていくのです」


ピタリ、と紫季の言葉が止まる。

道舟が顔を上げるより早く、部屋の蝋燭の炎が、じわりと不自然に細く伸びた。

彼女の背後の障子に映る影が、一瞬、人間のそれとは違う不気味な輪郭に歪み、蠢く。


「あんな紛い物が眩しいなどと……馬鹿も休み休み言いなさい」


その声には、冷徹な紫季の声の底に、もう一つ、耳鳴りのような低い歪みが重なっていた。

紫季自身の意志は、最愛の息子を救うという狂信的な愛に縛られたまま、すでに鐘鬼という概念にその輪郭を飲み込まれ、境界を失っている。


「は、母上……それは余りにも言葉が過ぎますよ!兄上は私と同じ血を引く兄……」


あまりの剣幕と、部屋を満たす異様な冷気に驚く道舟の言葉を、紫季は冷徹に氷の刃で断ち切った。


「典膳は私の子ではありません。あの紛い物は、旦那様と妾の間に生まれた、ただの異物です」


その瞬間、道舟の世界は音を立てて崩壊した。

典膳が腹違いの兄であったという事実。

そしてそれ以上に、目の前の母の瞳から完全に人間の光が消失し、底知れぬ漆黒の澱みが満ちていくという戦慄。

紫季の口元は笑っているようでいて、その実、何かに無理やり動かされている人形のように強張っていた。


「……典膳を殺せば、お前は助かる」


ポツリと漏れ出た言葉。

紫季の瞳の奥で、人間のものではない妖しい鬼火が、一瞬だけ鋭く爆ぜる。


「母上は何を言ってるんだ……お前は助かる、とは……まさか……」


道舟は、視覚的には捉えられずとも、本能で知ってしまった。

目の前にいる母が、人として超えてはならない一線を越え、鬼と縁を結んでしまったことを。

そして、自分自身の命さえも、そのおぞましい契約の天秤に乗せられているということを。


暗い夜を往く航路に、もはや灯台の光は届かなかった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

『輪廻の瑕疵』は、毎日18:00に更新予定です。

※本作は「カクヨム」にも重複投稿しています。


もし「沙苗と來のコンビが良いな」「先が気になる」と思ってくださったら、

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今後ともよろしくお願いいたします。

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