第八十三話 紫の否色
意識の深淵、底なしの闇の中で、典膳は答えのない問いを繰り返していた。
(母上……何故……俺を、あのような目で……)
(俺は……家族を愛してっ……い……たのに……何故……)
取り留めのない不安。
それを必死に否定しようとするが、脳裏に焼き付いた母の瞳が、全ての希望を塗り潰していく。
母が自分を虫けらのように見下したあの瞬間。
それは、典膳が築いてきた世界のすべてを、過去の温もりさえも偽りだと断じる、絶対的な拒絶だった。
温かかったはずの記憶が、冷たい毒液へと変わっていく。
(俺は……独りなのか……俺が大切に想っていた世界は……全て、作り物だったのか……)
逃げ場のない自問自答という名の鎖が、典膳の魂を幾重にも縛り付けていた。
典膳が倒れてからの須藤家は、道舟を新たな当主として戴き、辛うじてその形を保っていた。
しかし、あまりにも眩い光を放っていた柱が折れた代償は、想像以上に重い。
薄氷の上に立つような信頼。
いつ崩れるとも知れぬ結束。
一族を繋いでいた糸は、静かに、けれど確実に腐食し始めていた。
屋敷を包むのは、かつての鮮やかさではなく、湿った澱み。
それは、兄を支えると誓い、気丈に立ち上がった道舟の心にも、暗い影を落としていく。
当主という重責。
周囲からの比較。
兄が目覚めぬことへの焦燥――
そして、月日は無慈悲に流れる。
典膳が倒れて、二年。
かつて誰よりも強い光を放っていた男は、驚くほど痩せ細った体で、それでも死を否定し続けていた。
ある雨の日、止まっていた刻が、微かな音を立てて動き出す。
窓を叩く静かな雨音が、暗闇の鎖を叩き割るように響いた。
ゆっくりと開かれた、典膳の眼。
霞む視界の中に、最初に映ったのは――
二年の歳月を経て、少女から大人の女性へと変わりつつある、泣き濡れた明里の顔だった。
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