第八十一話 誇りの裏側に
季節は巡り、父が亡くなってから一年という月日が流れていた。
若き当主としての典膳の日々は、止まることを知らない奔走の連続だった。
一族をまとめ、領民を守る当主たる姿。
周囲は既に、亡き先代に劣らぬ威厳と頼もしさを彼に見出していた。
「信鷹、今日の祓いはこれで終わりか?」
典膳が指先を翻す。
空中に浮遊していた粘りつくような瘴気が、朱の霊力に弾かれて霧散した。
空間を蝕んでいた不浄が、彼の圧倒的な個の力によって強引にねじ伏せられ、浄化されていく。
だが、その鮮烈な朱の光の残像が消えた後、彼の指先は微かに震えていた。
「はい。この辺りの澱みも完全に払拭されました。もはや鼠一匹、障るものはいませんね」
信鷹の返答に、典膳はふっと肩の力を抜いた。
「そうか……少し、疲れたな。そこの茶屋で休んでいくか」
「名案です。では、茶と団子、それから私の分も多めに用意させましょう」
吹き抜ける風が、僅かに秋の気配を含んで色を変え始めている。
典膳は古びた縁台に腰を下ろし、遠くの茜空を眺めた。
「あっという間だな……父上が亡くなってから一年。なんだかんだで、歩みを止める暇は無かったな」
運ばれてきた茶を啜り、甘い団子を口にする。
それはかつて母と過ごした穏やかな時間を思い出させる味だった。
だが、今の彼にとっては、明日へ繋ぐための最低限の糧に過ぎない。
「典膳様、最近はしっかり休まれておられますか?失礼ながら、少々顔色が優れませんぞ。近々、一日ゆっくりと休まれてはいかがです?明里も、典膳様は無理が服を着て歩いているようだと心配しておりましたからな」
幼馴染であり、腹心でもある信鷹の言葉。
信鷹はそう言いながらも、手元の串から最後の一粒を器用に口へ放り込み、満足げに咀嚼している。
心配しているのは本心だろうが、茶屋の団子を楽しむ余裕を忘れない。
この男の変わらない図太さが、典膳が救われる部分でもあった。
「明里のやつ……口が悪いな。心配には及ばん。俺はこの通り壮健だ。信鷹も明里も心配し過ぎだぞ?さっさと食え。あまり食うと、また明里に兄様は団子でできていると笑われるぞ」
「それは心外ですな。私は団子ではなく、忠義でできているのですぞ?……もぐもぐ。さて、腹も膨れましたし、帰りましょうか」
典膳は力強く立ち上がり、前を見据える。その歩みに迷いはない。
だが、その力強さこそが、自らの肉体を削り、限界を超えて振るい続けている無理の証でもあった。
「行くぞ、信鷹」
「承知いたしました、典膳様」
いつものように、典膳の一歩後ろを歩く信鷹。
その瞳は、主君の背中を静かに追っていた。
夕闇に溶けゆく典膳の輪郭が、以前よりもどこか淡く、揺らぎ、色が薄くなってきている。
まるで、内側から何かに喰い荒らされているような、言いようのない不気味な感覚。
信鷹は、口に残った団子の甘みを酷く苦く感じながら、先を歩くその影を追い続けた。
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