第八十話 壊れゆく器
紫季の実家は、古くから須藤家に仕える薬師の一族であった。
戦いに身を投じる祓う者にとって、霊力を練り直す丸薬や裂傷を癒やす塗り薬は、祈りにも似た命綱に等しい。
彼女がその秘術を携えて須藤家に嫁いだことは、一族にとってこの上ない幸福とされていた。
だが、人を癒やす術は裏を返せば、人を殺す術へと容易に変貌する。
ゴリ、ゴリ、と乳鉢を回す規則的な音が、薄暗い調剤室に響く。
擦り潰される薬草の、鼻を突くような青臭い香りに混じり、澱んだ影のような何かが彼女の肩越しに囁いた。
『――若く、あまりに美しすぎる器を、お前は自ら壊すか』
実体のない鐘鬼の概念からの問いかけ。
紫季は冷え切った手元を動かし続け、表情一つ変えずに応じる。
その横顔には、かつての柔和な母の面影はなかった。
「……巡るものは、いずれ澱むの。壊すのではないわ。溢れ出さないように、せき止めてあげるだけ」
典膳は、歴代の須藤家の中でも類を見ないほどの霊力を持って生まれた。
その強大な力は、外敵を討つ際には無敵の矛となる。
しかし、それはあくまで力が外へと正しく放出されている場合に限られた話だった。
あまりに強すぎる霊力は、制御を失えば自らの器を焼き切る諸刃の剣。
薬師の娘である紫季は、その閉塞のさせ方を誰よりも熟知していた。
(……巡りすぎれば、炎となる)
身体を駆け巡る霊力は、血流と同じく循環することで生を維持する。
もし、その流れを内側から強制的に滞らせることができたなら。
行き場を失った強大すぎる力は逆流し、奔流となって己の経絡を焼き尽くす。
愛する息子の肉体を、自身の力で蝕ませる最悪の自壊毒。
『……お前の愛は、死よりなお冷たいな』
鐘鬼が楽しげに嘲笑う。
紫季は静かに茶器を取り出し、練り上げた漆黒の粉末を、母の慈しみという名にすり替えて落とした。
湯の中に、かすかな歪みが生まれては、すぐに消えた。
典膳が信じて疑わなかった、母の優しさ。
喉を通り、胃に落ち、全身の血へと溶け込んだその温かな茶は、本人のあずかり知らぬところで、その若く強靭な器に目に見えぬ罅を入れ始めていた。
すべては、彼がこれ以上の化け物にならないために。
紫季の選んだ歪な救済は、最も残酷な形で典膳の芯を蝕んでいく。
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