第七十八話 蟲毒と孤独
須藤家という巨大な歯車は、もはや言葉を介さずとも、若き典膳を軸に回り始めていた。
父を失ったあの日を境に、典膳の中から子供の残滓は消え失せた。
皆を束ねる者として、感情を削ぎ落とし、冷徹な義務へと羽化していく。
一族を守るための奔走は、血を分けた弟・道舟と言葉を交わす時間すら、彼から容赦なく奪っていった。
一方、聖域であったはずの奥座敷では、もう一つの地獄が産声を上げていた。
「……父上……」
道舟は、父の死を受け入れられぬまま、日光を拒むように暗い部屋で塞ぎ込んでいた。
その心身は日に日に痩せ細り、命の灯火が揺らめいている。
そんな我が子を見つめ続ける紫季の心もまた、限界まで疲弊し、音を立てて罅割れていた。
「道舟……あなたまで、このまま死に向かうことなんて、私は許さない……どうして、あなたがこんなに苦しまなくてはならないの……」
紫季は、骨が浮き出た道舟の冷たい手を握りしめ、縋るように呟く。
「私の命なんて、いくらでも差し出すわ……だから、あなたは死んではなりませんよ……」
その、歪なほどに純粋な母性が極まった瞬間。
耳を劈く静寂の中に、実体のない声が、紫季の脳髄を直接這いずり回った。
『血を分けた子が、自分の命より大切か?』
「……っ、当たり前でしょう! 私が命を懸けて生んだ子ですもの!!」
紫季は、誰もいない闇に向かって叫ぶ。
『ならば――紛い物を殺せば、お前の子の命を、俺が繋ごう』
「紛い物……?」
『お前には、わかっているはずだ』
「な、何がわかっているというの!?」
『お前が、お前の本能が……そう言っているはずだ』
紫季の脳裏に、幼い頃から自分を母上と呼び慕いながら、どこまでも高く、強靭な霊力を纏い続ける典膳の姿が浮かぶ。
それは、彼女の理解を超えた異質の輝きだった。
「私の子ではない」
心の奥底に封じ込めていた禁忌の直感が、泥のように溢れ出した。
あの強すぎる光は、自分の胎から生まれたものではない。
『殺せ。喰らえ。我が天敵――須藤典膳の命を、存在を』
「……典膳の……命を……」
虚ろになった紫季の瞳に、色のない紫の霧がまとわりつく。
それは、父が命を懸けて祓ったはずの、あの鬼の残滓。
最愛の息子を救いたいという祈りが、鬼の毒と混ざり合う。
この世で最も凄惨な蟲毒へと変質した、最悪の瞬間だった。
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