第七十六話 瑕疵と因果の始まり
空の青さが、酷く他人事に思えるほど晴れ渡った午後。
須藤家の屋敷に運び込まれたのは、勝利の凱旋ではなく、いまにも消え入りそうな命の灯火だった。
「父上っ……!!」
典膳と道舟の目に映ったのは、もはや幾ばくの猶予も残されていない、父の最期の姿だった。
胸を深く抉り、命を繋ぎ止める術をすべて拒絶するかのような凄惨な傷。
立ち込める生々しい鉄の臭いが、それが死の間際であることを、幼い子供たちに容赦なく突きつけていた。
「嫌だ……父上、起きてください!父上!!」
道舟は、父の傍らで正気を失ったように泣き叫び続けている。
周囲の者たちがその小さな背中を痛いほど強く抱きしめ、共に涙を流していた。
だが、典膳だけは違った。
「……父は、戦って敗れたのか?」
父と共に戦地に赴いた従者に対し、典膳は真っ直ぐに問いかけた。
今まさに命の灯が消えようとしている父を、ただじっと見据えたままで。
その瞳に、かつての快活な輝きはない。
典膳は今、目の前で崩れ落ちそうになる自分自身の心を、必死の理性で繋ぎ止めていた。
震える拳を深く、深く握りしめる。
溢れ出しそうな涙を瞼の裏に飲み込む代わりに、手のひらに食い込んだ爪からは、静かに、けれど鮮やかな血が零れ落ちていた。
「旦那様は……深手を負いながらも、最後まで戦い……鬼を祓われました。我々が駆け付けた時には、もう……」
「父上は、負けなかったんだな……?」
「はい……我々の力が及ばず、申し訳ございません……!」
頭を床に擦り付け、すすり泣く声が屋敷に響き渡る。
「そうか。父上は、須藤家の当主たる戦いをしたのだな」
典膳は、一人、やり切れない絶望の中で、今まさに尽きようとしている父の生き様に納得しようとした。
まだ僅かに上下する父の胸の鼓動を感じながら、悲しみに身を任せることすら、長子としての、そして祓う者としての責務が許さなかった。
泣き叫ぶ弟と、死にゆく父の尊厳を、自ら血を流して守ろうとする兄。
白々しいほどの青空の下、その痛々しい対比が、須藤家の長い因縁と、典膳の魂に刻まれる最初の瑕疵となって、この先の世界を歪めていくことになる。
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