第七十四話 始まりの産声
突如として現れ、理不尽に命を刈り取っていく人に仇なす存在。
ある時は角を持つ鬼として。
またある時は形を持たぬ穢れや、未練に縛られた魂として。
人々が闇に怯えるその影で、命を賭してそれらを祓い続けてきた一族があった。
須藤家。
その歴史の転換点に、彼は生まれた。
雪が降り積もるような静寂の中、産屋の奥から聞こえてきたのは、新しい命の力強い産声だった。
須藤家の一族の長子として、弟・道舟と時を同じくしてこの世に生を受けた赤子。
だが、その輝かしい生命の誕生と引き換えに、一つの灯火が静かに消えようとしていた。
「……旦那様……八重様が……息を引き取られました……」
産婆の震える声が、板張りの廊下に冷たく響く。
須藤家の当代当主であり、典膳の父である男は、その言葉を微動だにせず受け止めた。
八重――典膳の母は、元々体が弱かった。
命を削り、魂を分け与えるようにして、彼女は二人の息子をこの世に産み落としたのだ。
開け放たれた障子の隙間から、凍てつく冬の空気が入り込んでくる。
「……そうか……やや子は無事か?」
「はい……お生まれになられたご子息様は、健やかに眠られております……」
父はゆっくりと、血の気の引いた妻の傍らに座る。
その頬に触れたい衝動を、握りしめた拳の内に抑え込み、彼はただ、静かに目を閉じた。
「……ならばよい。この子の行く先を八重と共に歩みたかったが……叶わなかったことも、また宿命か」
父の絞り出すような声。
そこには、愛する者を失った悲しみと、残された命を守り抜くという強烈な自制心が同居していた。
天井を見上げる男の目は、涙ではなく、一族を背負う当主の冷徹な光を湛えている。
「皆、これからも須藤家を盛り立ててくれ。それが八重への感謝と弔いだ」
父は、まだ名もなき赤子――典膳を腕に抱き上げる。
その小さな熱が、冷え切った父の手に生きろと命じているようだった。
(……八重よ。この子が生きる未来が明るいものになるために、俺は泣いてなどいられない。子の幸せを見守っていてくれ。この子の行く先が、鮮やかな色で満たされるように……)
父の胸の内にある祈り。
それは、呪いでも虚無でもない、純粋な親愛の情。
「典膳……お前は、私たちの愛の下に、この世に生を受けたのだからな」
若き日の典膳を予感させるような、澄んだ赤子の泣き声が、再び産屋を満たしていく。
ここから始まる物語が、まさか灰色に塗り潰される結末を辿るなど、この時の誰もが想像だにしていなかった。
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