第七十一話 緋の赦し
沙苗が手を見る。
朱色の首輪。
「…………」
紅葉が——
自分の指を見ている。
「戻ってます」
「うん」
「ちゃんと」
——ニギニギ——
「あります!」
「見れば分かるわよ」
「えへへ」
「……ふふ」
沙苗が笑う。
「……何で?」
「え?」
紅葉が——
首を傾げる。
「何で戻ったの?」
「…………」
指先。
さっきまで透けていた。
緋色は——
消えたはず。
「……あれ?」
沙苗が自分の胸へ手を置く。
「……ない」
「沙苗様?」
「あたしの緋色」
「…………」
「消えた」
典膳へ放った。
全部。
「紅葉は戻った」
——スッ——
紅葉も——
自分の胸へ手を置く。
「どうしてでしょう?」
「それを考えてるの」
「「…………」」
二人が——
首を傾げる。
「知らないわよ」
「「聞いてない!!」」
——パサッ——
朱禰が扇を開く。
「五月蠅いわね」
「絶対分かってるでしょ」
「何が?」
「紅葉が戻った理由」
「さあ?」
「その顔やめて!!」
「どの顔よ」
「全部知ってる顔!」
「失礼ねえ」
朱禰が笑う。
「私だって」
扇を見る。
「知らないことくらいあるわ」
「……本当に?」
「ええ」
「怪しい」
「沙苗」
「何?」
「私を何だと思ってるの?」
「女王様」
「…………」
——パチンッ——
扇が閉じる。
「いい度胸ね」
「事実でしょ」
——クイクイッ——
「沙苗姉さま」
紅葉が袖を引く。
「何?」
「逃げた方が……」
「紅葉」
「はい!」
朱禰が微笑む。
「あなたもよ?」
「えっ」
「…………」
三人が——
黙る。
「それで?」
沙苗が言う。
「何か知らないの?」
「そうね」
朱禰が扇を見つめる。
「答えは知らない」
「…………」
「でも」
——パサッ——
「考える材料くらいなら」
扇が開く。
「あるわ」
——スッ——
「私の炎は」
朱禰が指を立てる。
——ボッ——
「朱炎」
「うん」
「私の場合」
炎が揺れる。
「朱が強い」
朱禰の瞳へ——
朱炎が映る。
「焼く」
「…………」
「燃やす」
——ボォッ——
「そして」
——ゴオアァァァッ!!——
朱炎が色を増していく。
「焼き尽くす」
「…………」
——ジリッ——
熱が肌を撫でる。
「これが」
——パチンッ——
炎が消える。
「私の朱」
「……うん」
「そして」
朱禰が空を見る。
「兄さんは」
「父さん?」
「ええ」
「……父さんの炎……」
「兄さんは——」
「…………」
「白が強かった」
白炎。
「浄化の炎」
「……浄化」
「穢れを祓い」
「…………」
「あるべき姿へ戻す」
朱禰が沙苗を見る。
「朱は焼く」
「……うん」
「白は浄める」
「…………」
「なら」
——スッ——
扇の先が——
沙苗へ向く。
「あなたは?」
「……あたし?」
「そう」
「…………」
「あなたの炎は」
朱禰の瞳が細くなる。
「何をする炎なの?」
「……あたしの炎……」
沙苗が答えに詰まる。
「……燃やす?」
「それは私」
「祓う?」
「それは兄さん」
「…………」
「真似しないでくれる?」
「してないわよ!」
「なら考えなさい」
「…………」
沙苗が黙る。
緋炎。
自分の色。
典膳へ放った。
あの時は——
燃えた。
世界を染めるほど。
「……攻撃」
「そう思う?」
「……何よ」
朱禰を見る。
「聞いてるだけ」
「その聞き方嫌い」
「そう」
沙苗が首輪を見る。
記憶が——
浮かぶ。
蒐。
そして——
來。
二人で戦った。
「……あ」
「?」
紅葉が沙苗を見る。
「どうしました?」
「あの時の……」
緋炎。
來と一緒に——
蒐へ向けた炎。
「変だった」
沙苗の眉が寄る。
「何が?」
朱禰が聞く。
「炎だったけど」
「……けど?」
「……優しかった」
確かに——
感じた。
「…………」
「何で?」
誰にでもなく——
聞く。
「蒐を倒すために」
「…………」
朱禰は——
何も言わない。
「使ったのに」
沙苗は手を見る。
「何で……」
炎。
焼くもの。
傷つけるもの。
「あれ」
沙苗が——
目を細める。
「蒐を……」
「蒐様?」
「……違う」
「何がです?」
紅葉が聞く。
「あたし」
「…………」
「蒐を殺したかったんじゃない」
止めたかった。
戻したかった。
「來も……」
あの男はどうだった?
「……そっか」
沙苗が息を吐く。
「馬鹿」
「?」
「ほんと」
小さく笑う。
「馬鹿ばっか」
「沙苗」
朱禰が見る。
「來」
「…………」
「あいつ」
——ギュッ——
沙苗が拳を握る。
「蒐を」
殺すためじゃない。
「……取り戻そうとしてた」
「だから?」
朱禰の瞳が——
僅かに細くなる。
「だから……」
緋炎。
二人の間で——
燃えた炎。
「……優しかった」
傷つけても。
拒絶しても。
「…………」
沙苗の視線が紅葉へ向く。
「紅葉」
「はい?」
「あなた」
「…………」
「消えかけてた」
「はい」
「でも、戻った」
紅葉が自分の手を見る。
「はい」
朱色の首輪。
「…………」
離せなかった。
何もかも——
手放したかったのに。
この朱だけは。
身体が——
拒んだ。
「…………」
典膳。
すべてを消す——
灰色。
生きたことも。
笑ったことも。
泣いたことも。
選んだことも。
全部なかったことにする。
「……違う」
沙苗が呟く。
「何が?」
「灰色と逆なんだ」
「…………」
「典膳は」
首輪を握る。
「全部なかったことにする」
消す。
残さない。
「…………」
父さんを——
失った。
シンを——
失った。
蒐と——
戦った。
紅葉が——
消えかけた。
どれも。
嫌だった。
苦しかった。
「……なくならない」
「沙苗様……?」
「なくしちゃ」
沙苗が顔を上げる。
「駄目なんだ」
悲しいことも。
苦しいことも。
間違ったことも。
「全部」
生きたこと。
「…………」
——スッ——
沙苗の瞳が朱色の首輪を見る。
シンが選んだ。
あたしを——
守った。
「嫌だ」
声が——
震える。
「今でも」
——ギュッ——
首輪を握る。
「返してほしい」
シンを。
「馬鹿って」
「…………」
「言ってやりたい」
勝手に——
死ぬなって。
——ポタッ——
涙が落ちる。
「でも」
自分で——
選んだ。
「…………」
否定はしない。
あいつが——
いなくなる。
「……そっか」
沙苗が——
涙を拭う。
「分かった」
「…………」
朱禰が見る。
「何が?」
「緋色」
「…………」
「あたしの炎」
胸へ——
手を置く。
燃えない。
まだ——
光らない。
「焼くんじゃない」
「…………」
「浄めるんでもない」
紅葉が沙苗を見る。
「じゃあ」
「…………」
沙苗は——
少し考える。
「赦す」
「…………」
朱禰の扇が止まる。
「……赦す?」
紅葉が聞く。
「うん」
沙苗が首輪を見る。
「無かったことにしない」
「…………」
「間違っても」
「…………」
「傷ついても」
「…………」
「失っても」
朱色を——
握る。
「それでも」
「…………」
「そこにあったことを」
沙苗が——
笑う。
「赦す」
「…………」
——ボッ——
「……え?」
小さな——
光。
沙苗の指先。
朱でもない。
白でもない。
二つが——
混ざる。
緋色の炎。
「戻った……?」
紅葉が目を見開く。
「違う」
朱禰が言う。
「え?」
沙苗が見る。
朱禰は緋炎を見つめている。
「戻ったんじゃない」
朱禰が笑う。
「あなたが」
扇を——
肩へ乗せる。
「初めて知ったのよ」
「…………」
「自分の色を」
「……自分の色……」
緋炎が——
揺れる。
「……やっぱり」
沙苗が手を翳す。
「優しい」
紅葉が緋炎へ手を近付ける。
「暖かいです」
「……ふふっ」
沙苗が笑う。
灰色の中。
小さな——
緋炎が灯る。
世界を焼き尽くすほど、朱くない。
すべてを浄化するほど、白くない。
傷も。
痛みも。
失ったものも。
そこにあったことを——
否定しない。
朱炎は焼き尽くす。
白炎は浄化する。
そして。
緋炎は——
赦す。
灰色に染まった世界。
沙苗は初めて——
自分の色を知った。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
『輪廻の瑕疵』は、毎日18:00に更新予定です。
※本作は「カクヨム」にも重複投稿しています。
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『SOUL TR@DE』も毎日18:00更新中です。
和風怪異とはまったく異なる、
魂と市場を巡る近未来ダークファンタジー。
あわせて楽しんでいただけたら嬉しいです。
今後ともよろしくお願いいたします。




