第六十七話 灰色の走馬灯
「…………」
空も。
地面も。
全部——
灰色。
「……あたし」
声が遠い。
「何してたんだっけ」
何も浮かばない。
浮かんでは消える。
『沙苗』
「誰?」
『來を連れて行け』
「……父さんの声だ」
自分の記憶。
「…………」
——ザッ——
道を歩く。
「來」
「何だ」
「…………」
「呼んだだけか?」
「うん」
「意味が分からん」
「いいじゃん」
「よくねえ」
「…………」
歩く行先。
「……忘れた」
『何がだ?』
「…………」
來がいない。
道も消える。
「…………」
——コトコト——
「……?」
湯気。
牛鍋。
——スッ——
箸が伸びる。
『食いすぎだぞ、沙苗』
「五月蠅い」
『俺の肉だ』
「鍋に名前書いてないでしょ」
『今書く』
「馬鹿じゃないの?」
『お前よりはマシだ』
「…………」
笑い声。
「…………誰の?」
——スゥ——
湯気が消える。
日常が消える。
「…………」
——カリッ——
「……?」
縁側。
陽の光。
足元には——
柴犬。
「シン」
——パタパタ——
尻尾。
「また来たの?」
——パタパタ——
「婆ちゃんに怒られるよ」
『わふっ!』
「知らないからね」
——ゴロン——
「…………」
腹を見せる。
「……しょうがないなぁ」
——ワシャワシャ——
「ほんと」
毛が暖かい。
「駄犬ねえ」
——スゥ——
「…………」
手の中から消える。
「…………」
何もいない。
「シン?」
「…………」
——ザッ——
男がいる。
細い目。
「……誰?」
『邪魔だ』
「…………」
胸が冷たくなる。
「誰……?」
男の前。
誰かが立っている。
「…………」
朱色の羽織。
「父……さん?」
——ズッ——
「…………」
音が消える。
「え?」
朱色が落ちる。
「…………」
父さん?
「ねえ」
動かない。
「父さん」
「…………」
返事がない。
「父さん?」
——ポタッ——
朱。
「…………」
「父さん!!」
——ドロッ——
「……っ」
身体の奥から——
何かが溢れる。
「何……これ」
深い——
緋色。
記憶が切れる。
「…………」
「……あれ」
何があった?
「…………」
——コトコト——
「…………?」
柚の店。
「何で……」
台所。
割烹着。
「…………」
細い目。
「何でいるのよ」
『何がだ?』
「…………」
鬼。
割烹着。
「意味分かんない」
『俺も分からん』
「何であんたが分かんないのよ」
『知らん』
「…………」
『…………』
「シン?」
柴犬が座っている。
『酒』
「…………」
「は?」
『鬼殺す』
「…………」
「喋ったぁぁぁぁぁ!?」
『五月蠅い』
「犬が喋った!!」
『犬ではない』
「どう見ても犬でしょ!!」
『鬼殺す』
「話聞け!!」
「…………」
笑ってる。
柚。
みんな。
「…………」
考えるのをやめた。
全部——
意味が分からない。
「……もう」
笑うしかない。
——スゥ——
牛鍋が消える。
笑い声も消える。
「…………」
『沙苗』
「……?」
田中の婆。
「…………」
違う。
朱色の扇。
美しい女。
「……叔母さん」
『朱禰さん、ね?』
「まだ慣れないの」
『慣れなさい』
「無茶言わないでよ」
『須藤の女でしょう?』
「それ関係ある!?」
『あるわ』
「絶対ない!!」
「…………」
朱禰が消える。
「……待って」
手を伸ばす。
「…………」
何も掴めない。
「…………」
また。
「何なのよ……」
みんな消える。
來。
柚。
シン。
父さん。
朱禰さん。
笑い声。
牛鍋。
縁側。
全部。
「…………」
過去。
「……そっか」
もう過ぎたこと。
全部。
「…………」
——ザッ——
「……?」
誰かが——
立っている。
灰色の中。
「…………」
あの目。
「……典膳」
須藤典膳。
始祖。
あたしたちの——
始まり。
そして——
終わり。
『どうした』
「…………」
『そんな顔をして』
「…………」
怖い。
初めて見た時から分かっていた。
こいつは——
駄目だ。
強いとか。
怖いとか。
狂ってるとか。
そんな言葉じゃ——
足りない。
「…………」
死。
違う。
死ならまだいい。
あいつの灰色は。
「…………」
何も残さない。
「……嫌」
声が震える。
「嫌だ」
父さんも。
シンも。
來も。
朱禰さんも。
紅葉も。
柚も。
あたしも。
全部——
灰色になる。
「…………」
だったら。
最初からなくていい。
「…………」
空は——
灰色。
「……そっか」
これは——
走馬灯なんだ。
「…………」
全部が。
過去になっていく。
まだ生きている人まで。
まだここにいる人まで。
「…………」
沙苗の瞳から光が消える。
灰色の中。
最後に朱色が浮かぶ。
「……シン」
小さな首輪。
その先の記憶へ。
意識が——
沈んでいく。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
『輪廻の瑕疵』は、毎日18:00に更新予定です。
※本作は「カクヨム」にも重複投稿しています。
もし「沙苗と來のコンビが良いな」「先が気になる」と思ってくださったら、
評価、ブックマークで応援いただけると、執筆の大きな励みになります。
そして、もうひとつの物語——
『SOUL TR@DE』も毎日18:00更新中です。
和風怪異とはまったく異なる、
魂と市場を巡る近未来ダークファンタジー。
あわせて楽しんでいただけたら嬉しいです。
今後ともよろしくお願いいたします。




