第六十六話 不敵な進軍
「…………」
朱禰の足が——
止まる。
「……紅葉?」
視線の先に——
小さな背中。
「無事だったのね」
——ザッ——
「よかっ——」
足が——
止まる。
「……紅葉」
向こう側が——
見える。
肩。
腕。
指先。
輪郭が——
薄い。
「…………」
朱禰の瞳が——
細くなる。
「そう」
小さく——
息を吐く。
「そういうこと」
「……?」
紅葉が——
振り返る。
「朱禰さん」
「…………」
笑っている。
いつもの——
紅葉。
「……いつから?」
「え?」
「身体」
「…………」
紅葉が——
自分の手を見る。
「さっきから」
「そう」
「……はい」
「…………」
朱禰が——
沙苗を見る。
泥の中。
朱色の首輪を——
握っている。
「…………」
もう一度——
紅葉を見る。
「紅葉」
「はい」
「沙苗には」
「…………」
朱禰が——
口を閉じる。
「……」
紅葉が笑う。
「言わないでください」
「…………」
先に——
言われた。
「どうして?」
「だって」
紅葉が——
沙苗を見る。
「悲しむから」
「……」
「沙苗様」
小さく——
笑う。
「優しいから」
「…………」
朱禰が——
紅葉を見る。
「あなた」
「はい?」
「自分が消えるかもしれないのよ」
「……はい」
「怖くないの?」
「…………」
紅葉が——
自分の手を見る。
「怖いです」
「…………」
「すごく」
声が——
震えている。
「……」
「もっと」
沙苗を見る。
「一緒にいたいです」
「…………」
「でも」
紅葉が笑う。
「今言ったら」
「……」
「沙苗様」
「…………」
「もっと悲しくなっちゃうから」
「…………」
朱禰の扇が——
僅かに下がる。
「それで」
「はい」
「あなたは笑うの?」
「……はい」
「消えそうなのに?」
「はい」
「怖いのに?」
「…………」
紅葉が——
少し困った顔をする。
「だって」
「……」
「私まで泣いたら」
笑う。
「沙苗様」
「…………」
「もっと泣いちゃいます」
「…………」
朱禰が——
目を閉じる。
「……まったく」
「?」
「須藤の女は」
扇で——
口元を隠す。
「どうしてこう」
「……」
「面倒な女ばかりなのかしら」
「私」
紅葉が——
首を傾げる。
「須藤じゃないですよ?」
「…………」
朱禰が——
目を開く。
「そうだったわね」
「はい」
「じゃあ」
——パチンッ——
扇を閉じる。
「今からあなたは——」
「?」
「須藤紅葉よ」
「え?」
「異論は?」
「えっと……」
「ないわね」
「まだ何も言ってません!」
「聞く気もないもの」
「えぇ……」
朱禰が——
歩き出す。
「ほら」
「……?」
「行くわよ」
「どこへ?」
朱禰が——
扇で指す。
「…………」
「あなた」
「……」
「言ったのでしょう?」
紅葉の瞳が——
僅かに開く。
「笑いましょう、って」
「…………」
「なら」
朱禰が——
紅葉を見る。
「言った本人が」
「……」
「こんなところで止まってどうするの」
「…………」
紅葉が——
自分の足を見る。
「歩けるわよね」
朱禰が聞く。
「…………」
紅葉が——
顔を上げる。
「はい!」
「そう」
朱禰が笑う。
「なら来なさい」
——ザッ——
「世話の焼ける」
朱色の扇を——
肩へ置く。
「あなたの姉を」
「…………」
紅葉が——
笑う。
「はい」
——ザッ——
「一緒に」
——ザッ——
「迎えに行きましょう」
「はい!」
灰色の世界。
朱色の扇。
消えかけた——
小さな少女。
二人が——
歩いていく。
その先には。
朱色の首輪を握った——
一人の少女。
まだ——
誰も戻っていない。
それでも。
止まっていた者が——
一人。
また一人。
歩き始めていた。
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