第六十四話 縁の残り香
「…………」
泥に汚れた手。
その中には——
朱色の首輪。
「…………」
——スッ——
親指が泥を拭う。
朱色が僅かに覗く。
「……シン」
沙苗の声が響く。
「…………」
——ザッ——
沙苗は顔を上げない。
「随分と」
声が落ちる。
「酷い顔ね」
「…………」
朱禰が沙苗の前へ立つ。
「……ほっといて」
「嫌よ」
「…………」
「そんな顔した姪を」
朱禰が沙苗を見る。
「放っておけるほど」
「…………」
「私は薄情じゃないわ」
「…………」
——ギュッ——
沙苗が首輪を握る。
「私が」
「…………」
「殺したようなもんだから」
「そう」
「…………っ」
沙苗の瞳が動く。
「否定しないの?」
「してほしい?」
「…………」
「なら」
朱禰が首輪を見る。
「シンに聞きなさい」
「…………」
「私には」
扇を肩へ乗せる。
「あの駄犬が何を考えてたかなんて」
「…………」
「分からないもの」
「シンは……」
声が震える。
「私を守った」
「ええ」
「自分の魂まで——」
「ええ」
「だったら!」
沙苗が顔を上げる。
「私のせいじゃない!!」
「…………」
朱禰は逸らさない。
「……そうね」
「だったら——」
「でも」
「…………」
「シンが決めたことでもある」
沙苗の口が止まる。
「あなたのために」
「…………」
「自分で選んだ」
「……っ」
「それだけ」
「…………」
沙苗が俯く。
「……辛い」
「ええ」
「…………」
「私もよ」
沙苗が顔を上げる。
朱禰は笑っている。
いつもの少し意地悪な顔。
「……朱禰さんも?」
「当たり前でしょう」
「…………」
「あの駄犬」
朱禰が鼻で笑う。
「酒は勝手に飲む」
「…………」
「偉そうに座る」
「……うん」
「犬のくせに」
「…………」
「妙に貫禄だけはある」
沙苗の口元が僅かに動く。
「……鬼殺す」
「そう」
朱禰の眉間に皺が寄る。
「支払いは私よ?」
「勝手に飲んでたね」
「高いのよ、あれ」
「…………」
「…………」
二人が黙る。
「……ほんと」
沙苗が首輪を見る。
「馬鹿な犬」
「ええ」
朱禰が答える。
「いい奴だったわ」
「…………っ」
「だから」
朱禰が言う。
「忘れなければいい」
「……忘れるわけない」
「そうね」
「絶対に」
「ええ」
——ザッ——
朱禰が近付く。
「なら」
「……?」
扇の先が朱色の首輪を指す。
「ちゃんと見なさい」
「…………」
「それ」
「首輪……?」
「それだけ?」
「……え?」
沙苗の眉が寄る。
「泥だらけね」
「……だから?」
「でも——」
「色は残ってる」
沙苗が首輪を見る。
朱。
泥に汚れても消えていない。
「……朱色」
「そう」
「…………」
「沙苗」
朱禰の声が少しだけ低くなる。
「緋色って」
「…………」
「誰の力?」
「私の……」
答えかけて止まる。
「…………」
朱禰が待つ。
「私の……力」
「そう」
「……何が言いたいの」
「別に」
「朱禰さん」
「ただ」
——パチンッ——
朱禰が扇を閉じる。
「不思議だと思っただけ」
「……何が?」
「あなたの緋色」
「…………」
「本当に」
朱禰が首輪を見る。
「あなた一人のものなのかしらね」
「…………っ」
沙苗の肩が僅かに跳ねる。
「どういう……」
「さあ?」
「またそれ!?」
「分からないものは分からないわ」
「朱禰さん!!」
「でも」
——ザッ——
朱禰が沙苗の横を通り過ぎる。
「…………」
「私には」
足が止まる。
「聞こえる気がするのよ」
「……何が?」
朱禰は振り返らない。
「寝息」
「………は?」
「呑気で」
「…………」
「腹が立つくらい」
朱禰の口元が僅かに上がる。
「気持ちよさそうな寝息」
「…………」
沙苗が首輪を見る。
「そんな……」
「そうね」
——ザッ——
「そんなはず」
朱禰が歩き出す
「ないのかもしれない」
「…………」
「でも」
朱禰が振り返る。
「そうでしょう?」
「…………」
「シン」
返事はない。
「……朱禰さん」
「何?」
「シンは……」
沙苗が朱色の首輪を握る。
「死んだんだよ」
「ええ」
「…………」
——ザッ——
朱禰は再び歩き出す。
「だから何?」
「……え?」
「死んだら」
「…………」
「全部なくなるの?」
「…………」
答えはない。
朱禰が歩いていく。
「ちょっと」
沙苗が顔を上げる。
「待ってよ」
「嫌よ」
「なんで!?」
「自分で考えなさい」
「朱禰さん!!」
「私はもう」
朱禰が——
扇を振る。
「十分喋ったわ」
「勝手すぎるでしょ!!」
「須藤の女でしょう?」
「関係ない!!」
朱禰が笑う。
その背中を沙苗が睨む。
「…………」
手の中を見る。
泥に汚れた朱色の首輪。
「……シン」
——スッ——
もう一度。
泥を拭う。
「……馬鹿犬」
沙苗は首輪を握ったまま。
初めて——
顔を上げた。
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『輪廻の瑕疵』は、毎日18:00に更新予定です。
※本作は「カクヨム」にも重複投稿しています。
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そして、もうひとつの物語——
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和風怪異とはまったく異なる、
魂と市場を巡る近未来ダークファンタジー。
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今後ともよろしくお願いいたします。




