第六十二話 灰色の食卓、兄弟の証
——バヂッ——
「…………」
黒雷が消える。
——パチッ——
最後の残滓が爆ぜた。
灰色の森。
抉れた大地。
消えた木々。
その中心で——
來が立っている。
「……ふぅ」
息を吐く。
「…………」
視線が落ちる。
「蒐」
動かない。
「おい」
「…………」
「死んだか」
「…………」
返事はない。
來がしゃがむ。
——ガサガサ——
蒐の懐へ手を入れる。
——ガサガサ——
「お、あった」
「勝手に——」
「ん?」
「殺すなやっ!」
掠れた声。
「生きてたか」
「見たら分かるやろ」
「分からん」
「右半身」
「あ?」
「吹っ飛ばしたんは誰や?」
「俺だな」
「罪悪感」
「すまん、って言った」
「いつか泣かせたる」
——スッ——
來が煙草を抜き取る。
「おい」
「ん?」
「それ」
「煙草だが?」
「知っとるわ」
口元へ咥える。
——カチッ——
「勝手に吸うなやっ!」
「減るもんじゃねえだろ」
ゆっくりと煙草を吸上げる。
「……減るわボケ」
「——ふぅーーーっ……」
紫煙が灰色の空へ昇る。
「……不味い」
「撤回や!今泣かすっ!!」
「こんなもんよく吸えるな」
「吸っといて文句言うな!!」
「…………」
來が煙草を見る。
もう一度、吸う。
「……やっぱり不味い」
「わざとやってるやろ!!」
「……ふーっ」
紫煙を吐く。
「団子食いてえなあ」
「知らんがな!!」
蒐が身体を起こそうとする。
「ぐあっ……!」
——ベチャッ——
「…………」
來が見る。
「何や」
「いや」
「…………」
「弱いなと思って」
「誰のせいやァァァァッ!!」
「五月蠅い」
「こっちはなぁ!!」
蒐が右半身を見る。
黒く焼けた身体。
砕けた骨。
肉がゆっくりと影に覆われていく。
——ギュアァァッ——
「肺潰されて!」
——ギュッ——
「骨砕かれて!」
影が肉を作る。
「右半身焼かれて!」
——ミシッ——
骨が繋がる。
「必死こいて治しとんねん!!」
「治ってるじゃねえか」
「そういう問題ちゃうわ!!」
「死なねえだろ」
「死なんかったら何してもええんか!!」
「いいだろ」
「暴君っ!!」
「知ってる」
「開き直んな!!」
「くくっ」
「何がおかしいねん」
「戻ったな」
「…………」
蒐の口が止まる。
「何がや」
「五月蠅い」
「…………」
來は前を向く。
「……誰のせいや」
「俺だな」
「……ほんま」
蒐が笑う。
「腹立つわぁ」
「そうか」
「そうや」
「なら」
煙草を指で摘む。
「牛鍋作れ」
「なんでやねん」
「腹減った」
「知らんわ」
「兄貴の言うことは聞け」
「いつから兄貴なったんや」
「昔からだろ」
「俺、認めた覚えないで」
來が振り返る。
「あ?」
「…………」
「もう一回やるか?」
「兄貴ぃ!!」
「くくっ」
「自覚あります!!」
「そうか」
「暴力で家族関係確認すな!!」
——ピンッ——
煙草を弾く。
「熱っ!?」
蒐の頬に煙草が落ちる。
「じゃあ決まりだ」
「何がや!?」
「牛鍋」
「……はぁ」
蒐がため息を吐く。
「くそ兄貴」
身体を起こす。
——ミシッ——
「っつ……」
「…………」
「見るな」
「弱いな」
「ぶっ殺すぞ」
「やってみろ」
「…………」
蒐が來を見る。
二振りの黒雷はもうない。
いつもの気怠そうな男。
「……極上の肉」
蒐が呟く。
「用意したるわ」
「おう」
「ただし」
ゆっくりと指を立てる。
「代金は沙苗様持ちや」
「何でだ」
「俺が払う理由ないやろ」
「俺もない」
「ほな沙苗様や」
「そうだな」
「……くくっ」
二人が笑う。
灰色の森。
死すら存在しない——
止まった世界。
不味い煙草。
団子。
牛鍋。
金。
くだらない言い争い。
「……帰るぞ」
來が歩き出す。
「待てや」
「何だ?」
「怪我人やぞ」
「鬼だろ」
「鬼にも労りは必要や!!」
「知らん」
「このクソ兄貴!!」
「あ?」
「……なんでもないです」
「くくっ」
——ザッ——
——ザッ——
「仕方ねえな」
——ガシッ——
來が蒐の足を掴む。
「……おい」
「行くぞ」
——ズルズル——
「熱っ!?引き摺るなっ!!」
「優しいだろ?」
——ガツッ——
「痛あっ!?ごっつい岩に当たった!!」
「五月蠅えなあ」
騒がしい声が——
灰色の森を進んでいく。
最凶の鬼。
その背中を——
追い続けた鬼。
「煙草代」
「知らん」
「返せや!!」
「不味かった」
「払えボケっ!!」
——ザッ——
——ザッ——
灰色だけの世界に——
二人の声が響く。
——ズルズル——
——ゴンッ——
死んだ世界には——
あまりにも五月蠅い。
生きている者たちの音。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
『輪廻の瑕疵』は、毎日18:00に更新予定です。
※本作は「カクヨム」にも重複投稿しています。
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