第六十話 憧れの上書き
——ザッ——
「…………」
蒐が顔を上げる。
灰色の向こう。
紫煙が立ち昇る。
「……くくっ」
黒髪。
折れた黒刀
「……よう」
——ザッ——
「クソガキ」
「…………」
「鬼が仏みてえな——」
獰猛な瞳。
「しけた面してんじゃねえよ」
そこに——
鬼はいた。
「…………」
蒐の眉が僅かに動く。
「なんや」
掠れた声。
「來様は——」
悟られないように。
ゆっくりと。
「一人で勝手に」
口角を上げる。
「すっきりした顔してますなあ」
「…………」
「ヒトの心」
蒐が笑う。
「どっかに落としてきたんとちゃいますぅ?」
「くくっ……」
來の肩が揺れる。
「何がおかしいんや」
「いや」
來が蒐を見る。
「お前——」
「…………」
「やっぱり鬼だな」
「は?」
「俺よりよっぽど」
來が笑う。
「しっかり鬼やってんじゃねえか」
「…………」
蒐の笑みが止まる。
「何言うてますの」
目を逸らす。
「俺はずっと——」
「…………」
「鬼やらせてもろうてますよ」
來を見る。
「どこぞの」
口角が上がる。
「ヒトに憧れとった誰かさんと違って」
「そうだな」
「…………」
蒐の眉が動く。
「お前は立派な鬼だ」
「……なんや」
「力に魅入られる」
——ドクン——
「強いものを欲しがる」
——ドクン——
「自分のものにしたくなる」
——ドクン——
「…………」
「鬼なら——」
來が笑う。
「当たり前だ」
「…………っ」
蒐の指が——
僅かに震える。
「典膳は」
來が灰色の空を見る。
「強かった」
「…………」
「馬鹿みてえにな」
蒐の本能が揺れる。
「……何の話や」
「くくっ」
「…………」
「下手だな」
「何がや」
「誤魔化すのが」
「……っ」
蒐が睨む。
「俺が」
來の瞳が蒐を捉える。
「何百年」
「…………」
「お前の鬱陶しい面、見てきたと思ってる」
「…………」
——ギュッ——
蒐の拳が握られる。
典膳。
灰色。
圧倒的な力。
何もかもを——
捩じ伏せる理。
美しいと思った。
「……俺は」
蒐が俯く。
「俺は——」
言葉が出ない。
來は待つ。
「……家族がおんのに」
拳が震える。
「守らなあかん奴がおんのに」
「…………」
「それやのに俺は——」
——ギリッ——
歯を食いしばる。
「典膳の力を」
「…………」
「綺麗やと——」
声が震える。
「思ってもうた」
俯いたまま呟く。
「……最低やろ」
來は何も言わない。
「笑えや」
「…………」
「鬼らしい言うたんは、あんたやろ」
「…………」
「笑えや!!」
「くくっ」
「……っ」
來が笑った。
「何がおかしい」
「いや」
肩を揺らす。
「安心した」
「……は?」
「お前」
來が笑う。
「何一つ変わってねえ」
「…………」
蒐の瞳が揺れる。
「力に魅入られた」
「…………」
「だから何だ」
「…………っ」
「欲しけりゃ欲しがれ」
——ザッ——
「憧れたなら」
「…………」
「憧れとけ」
「來様……」
「ただし」
來の瞳が鋭くなる。
「見る目が落ちたな」
「……は?」
「お前が憧れたあの力」
來が笑う。
獰猛に。
「紛い物だ」
「……っ」
「お前も」
——ガッ——
折れた黒刀と刃を——
無造作に握る。
「分かってんだろ」
「…………」
「蒐」
その名を呼ぶ。
「死なねえ」
「…………」
「壊れねえ」
「…………」
「何も失わねえ」
灰色。
止まった世界。
「そんなもん」
來が鼻で笑う。
「俺たちの食い物になるかよ」
「…………」
蒐の瞳が見開かれる。
——ゾワッ——
「…………っ!?」
空気が変わった。
何もない——
死すらない世界。
「……なんや」
噎せ返るほど濃密な。
「…………っ」
蒐の口元が震える。
知っている。
忘れるはずがない。
「く……」
笑う。
「くくっ……」
「なんやねん……」
蒐の瞳に光が戻る。
「それ」
黒が広がる。
——バヂッ——
——バヂヂッ!!——
灰色の地面を——
喰らう黒雷。
「死の……匂い」
「そうだ」
來が笑う。
「死ぬから」
——ザッ——
「生きる」
——ザッ——
「失うから」
黒雷が膨れ上がる。
「守る」
「…………」
「終わりは」
來の瞳が蒐を射抜く。
「俺が決める」
——バヂヂヂヂッ!!——
黒雷が爆ぜる。
「それが」
——チャキッ——
折れた黒刀と刃を握る。
「鬼だ」
「…………」
蒐はその姿を見る。
遠い昔。
泥の中から見上げた背中。
『……ああなりたい』
記憶の中の憧れ。
「……は」
息が漏れる。
(ああ……)
目の奥が——
熱い。
(やっぱり)
笑みが零れる。
(俺が憧れた——)
——ギュッ——
拳を握る。
(最凶やんか)
「来いよ」
——バチバチッ——
黒雷が二振りの刃を成す。
「は……ははっ!!」
蒐の心が躍る。
目の前の理外の存在に。
——ズアッ——
來の圧が跳ね上がる。
「クソガキ」
「…………」
蒐が顔を上げる。
「その呼び方」
ゆっくりと來を見据える。
「いい加減——やめえ」
「断る」
「即答かい」
「お前は何百年経っても」
來が笑う。
「クソガキだ」
「……ほんま」
蒐が笑った。
いつもの。
軽薄な笑み。
「腹立つわぁ」
「上等だ」
來を黒が彩る。
かつて——
地獄を歩いた暴君。
影は再び立ち上がる。
「お前が魅せられた力」
來が笑う。
「俺が今ここで——」
——バヂヂヂヂヂヂッ!!——
黒雷が灰色を喰らう。
「根こそぎ」
蒐の瞳が輝く。
「上書きしてやる」
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『輪廻の瑕疵』は、毎日18:00に更新予定です。
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