第六話 鬼の家族
「牛鍋か。久しぶりだな」
「やっぱり帰ってきたからにはあの味が食べたくなるのよね。柚も相変わらず元気かしら」
ある日の來の記憶。
「須藤様のお侍様……どうか……どうか……旦那は人を一度だって喰ったことはありません!」
小さな娘を抱きしめた母親らしき女が、大柄な侍の前で懇願していた。
旦那と呼ばれた男には折れた角の跡があれど、その瞳は穏やかな湖のように静かだった。
彼は畑を耕し、妻を愛し、娘の成長を願う。
そこにあるのは、どこにでもある幸せなヒトの家庭だった。
「鬼はいつ人を喰らうかわからねえ!!こいつは今、ここで殺さなきゃ駄目だ!!」
「人じゃねえものは出ていけっ!!」
來は遠目にその場を見ていた。
來が知る鬼は、荒れ狂う嵐のような存在であるのが明白の理。
「その子だって鬼の血を引く化物だろ!」
いつの世も、恐怖という感情は残酷で弱い。
「ぐうっ……!!」
ある雪の夜。
家族を守るためにヒトであった鬼は、一度も使わなかった鬼の力を解放した。
家族を守るための、壁として。
「……俺は……俺の大切なものを守る……それが俺がヒトである理由だ……死してもそれは変わらんっ!!」
目の前の鬼を一人の侍が見据える。
強く握った侍の拳からは、血がゆっくりと滴っていた。
死への納得。
それは絶望ではなく、愛する者を己の命で繋ぐ覚悟。
「……しかと、承った」
侍は鬼を祓う代わりに、彼が守ろうとした家族を狙う者たちの前に立ち塞がった。
「鬼が何だ。人が何だ……俺の目は、ここにある幸せを見ている!!これ以上……この家族に触れる奴は……この俺が許さん!!」
彼は自分の意志で法を破り、鬼の味方をした。
鬼はヒトとして自分を守る侍の背を見て、笑みを浮かべながら地に沈む。
「……ありがとう……」
來は昔を思い出しながら、横を歩く沙苗を眺める。
「……昔の話だ……ヒトであろうとした鬼を守った男がいた」
沙苗は不思議そうに來の顔を見上げる。
「ふーん……」
恐怖に負けて大切なものを見失う人間もいる。
苦悩しながらもヒトで在ろうとした鬼もいる。
「あたしも似たようなもんでしょ。來がここにいるんだし」
「……そうだな」
「そんなことより、早く牛鍋食べに行くわよ!柚~!ただいまー!!」
明るい声で牛鍋処『ゆず』に入っていく沙苗。
わいわいと沙苗と柚の声が外まで聞こえる。
來も続けて店に入っていく。
鬼と人が守った、在りし日の家族の、あの場所へ。
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『輪廻の瑕疵』は、毎日18:00に更新予定です。
※本作は「カクヨム」にも重複投稿しています。
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