第五十七話 一目惚れの定義
「……なんや……あれ……」
泥を啜り死を待っていたガキ。
その口から——
場違いな感嘆が漏れた。
鬼。
鬼。
鬼。
瞳に映る当たり前の世界。
その悉くを——
無へと還した男。
阿鼻叫喚。
血飛沫。
断末魔。
その全てを——
置き去りにして。
悠然と歩を進めるは——
最凶。
「……鬼……やんな……?」
強い。
そんなもの——
見ればわかる。
格が違う。
いや。
格すら陳腐な言葉。
「……かっこええなあ……」
蒐の口元が——
僅かに緩む。
「俺、女好きやけど……あれは惚れる……」
掠れた声。
それでも——
止まらない。
「いや……惚れるべきやろ、これ」
声が——
震える。
恐怖。
絶望。
死。
恐怖という心の鎖。
名も知らぬ衝動が——
鎖を断っていく。
支離滅裂な独白が——
勝手に口を突いて出る。
その背中は——
鮮烈で。
残酷なまでに——
美しかった。
——バヂッ——
黒雷が走る。
鬼の身体を這い——
存在を喰らう。
それは——
尽きることのない紅蓮の劫火のような。
苛烈さを孕みながら。
どこまでも深く——
底知れない静けさを湛えていた。
「……綺麗や……」
殺戮の——
真っ只中。
それでも蒐は——
そう思った。
命を奪うための力が、世界を切り裂く。
稲妻のように、暗闇を照らす。
唯一の灯火のように見えた。
「……あれが……」
言葉は——
続かなかった。
憧れ。
それは、あまりにも眩しすぎた。
最凶と最弱。
地べたを這いずる小物。
天を睨みつける暴君。
届かない。
どう足掻いても——
届かない。
その埋めようのない——
絶望的な距離。
それこそが。
蒐という鬼の意味になった。
数百年後。
灰色の静寂の中。
あの日、見上げた——
眩しすぎる光。
今もなお——
蒐の中にある。
憧れではなく。
消えることのない——
鋭い呪いとして。
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