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輪廻の瑕疵  作者: 朔來 織
~思緋紡ぐ鈍色の鎖~

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第五十六話 泥を這うガキと、空を睨む鬼

「…………」


——ヒュゥゥゥ——


冷たい風。


肺へ入るのは——

灰。


「……最悪やな」


掠れた声。


指一本——

まともに動かない。


「こんなとこで……寝たくないわ」


目を閉じる。


意識が——

沈む。


遠い。


この世界に——

色があった頃。


「……俺は」


蒐の口元が——

僅かに歪む。


「どうしようもなく」


「……小物感漂う——」


息を吐く。


「生きることに必死なだけのガキやった」


鬼。


強い者が——

奪う。


弱い者が——

喰われる。


そんな世界。


「鬼は強い」


蒐が笑う。


「よう言うわ」


乾いた——

小さな笑い。


「持っとる奴の話やろ」


あの頃。


蒐は——

弱かった。


笑えるほど——

弱かった。


「逃げて」


泥へ伏せる。


「隠れて」


息を殺す。


「騙して」


背を向けた相手へ——

鋼糸を走らせる。


——ザシュッ——


「殺して」


血。


「喰うて」


骨。


「……」


手段など——

選ばない。


「それでも」


泥だらけの手を見る。


「生きたかった」


仲間はいない。


必要だとも——

思わない。


信用など——

できるはずもない。


「誰かとおる暇があったら」


蒐が鼻で笑う。


「逃げ道、一個でも増やした方がマシや」


それが——

蒐だった。


生きる。


ただ——

それだけ。


「……せやのに」


記憶が揺れる。


ある日。


空が——

赤かった。


「年貢の納め時いうんは」


蒐の声が低くなる。


「ほんま急に来るもんやな」


——ドォォォンッ!!——


地面が揺れる。


「逃げろ!!」


「殺せぇぇぇぇ!!」


「全部潰せ!!」


下卑た笑い声。


縄張りへ——

鬼が雪崩れ込む。


ただ——

壊す。


ただ——

殺す。


ただ——

それを楽しむ。


「…………」


若い蒐が——

後退る。


逃げ道。


右。

塞がれた。


左。

鬼。


背後。

炎。


「……あかん」


息が——

止まる。


「これ」


初めて理解する。


「死ぬわ」


——ガッ!!——


身体が吹き飛ぶ。


「がっ……!」


地面を転がる。


泥と血が重い。


——ギリッ——


歯を食いしばる。


「……くそ」


指が——

動かない。


目の前に大きな影。


「終わりや」


鬼が笑う。


蒐は——

地面へ顔を伏せた。


「…………」


不思議だった。


あれほど——

生きたかった。


泥を啜ってでも。

誰かを騙してでも。

何を喰ってでも。


「……もう」


息を吐く。


「どうでもええ……」


諦めた。


笑えるほど——

あっさりと。


目を閉じる。


終わりを——

待つ。


「死ねぇぇぇっ!!」


何も——

来ない。


「…………?」


悲鳴。

破壊音。

笑い声。


全部——

消えている。


「なんや……?」


蒐が——

顔を上げる。


「…………」


そこに——

男が立っていた。


長い黒髪。

黒い着流し。

一振りの太刀。


「誰や……」


返事はない。


男が——

歩く。


——ザッ——


「てめぇ何者だ!!」


鬼が飛び掛かる。


「死ねぇぇぇ!!」


男は——

視線だけを向けた。


「……邪魔だ」


——ズンッ!!——


「がっ——」


消えた。


鬼が一瞬で——

消し飛んだ。


「…………」


蒐の瞳が——

見開かれる。


「な……」


——バヂッ!!——


黒雷が走る。


「…………」


誰も——

触れられない。


誰も——

止められない。


さっきまでの恐怖も。

ここを支配していた鬼たちも。


何もかもが——。

消えていく。


「……なんや」


身体は——

動かない。


それでも。


顔だけは——

上げる。


「なんや……あれ」


理不尽が歩いている。


ただ——

邪魔だから。


消している。


「…………」


蒐の瞳が——

揺れる。


恐怖ではない。


「……あ」


初めてだった。


「……ああ」


生き延びたい。


そうじゃない。


逃げたい——

違う。


「……俺」


胸の奥。


何かが——

熱い。


「俺も……」


拳を握る。


泥が——

指の隙間から落ちる。


「……ああなりたい」


世界そのものを——

黙らせる。


「…………」


蒐の口元が——

上がる。


「なんや」


笑う。


「めちゃくちゃ——」


目が輝く。


「格好ええやん」


弱かった。


小さかった。


生きるだけで——

精一杯だった。


そんな鬼が。


初めて——

生き残ること以外を望んだ。


「……あんな風に」


男の背中から——

目が離れない。


「世界を——黙らせたい」


それは——

贅沢だった。


生きるだけで精一杯だった鬼。


必要のない——

願い。


「…………」


蒐は——

笑った。


泥だらけで。

血まみれで。


初めて——

天を見た。


その先には——

最凶の鬼。


憧れという名の——

厄介な病。


蒐の魂は——

深く魅せられた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

『輪廻の瑕疵』は、毎日18:00に更新予定です。

※本作は「カクヨム」にも重複投稿しています。


もし「沙苗と來のコンビが良いな」「先が気になる」と思ってくださったら、

評価、ブックマークで応援いただけると、執筆の大きな励みになります。


そして、もうひとつの物語——

『SOUL TR@DE』も毎日18:00更新中です。


和風怪異とはまったく異なる、

魂と市場を巡る近未来ダークファンタジー。


あわせて楽しんでいただけたら嬉しいです。


今後ともよろしくお願いいたします。

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