第五十四話 静かなる暴君と、一筋の憧憬
血に濡れた拳。
「…………」
——ポタッ——
血。
——ユラッ——
見つめる瞳が——
僅かに揺れる。
意識が沈む。
遠く——
遥か昔。
まだ——
世界に色があった頃。
——グチャッ——
朱。
空。
大地。
すべてが朱い。
「ギャアアアアアアッ!!」
咆哮が響く。
——ドンッ!!——
何かが吹き飛んだ。
——グチャッ——
肉の塊が落ち」る。
「殺せぇぇぇぇ!!」
「喰え!!」
「全部だ!!」
「全部喰い尽くせ!!」
怒号。
絶叫。
笑い声。
腐臭。
血。
鬼たちが互いを殺し合う。
奪い。
喰らう。
そんな世界を——
一人の男が歩いていた。
——ザッ——
「…………」
長い黒髪。
黒い着流し。
腰には——
一振りの太刀。
若き日の來。
その表情には——
何もない。
「オラァァァァァッ!!」
横から巨躯の鬼が飛び掛かる。
「死ねぇぇぇっ!!」
來が視線だけを向けた。
「……五月蠅い」
——ズンッ!!——
「がっ——」
鬼の身体が地面へ沈んだ。
「…………」
來は歩く。
振り返らない。
——ザッ——
——ザッ——
「な……何だ……こいつ……」
「來だ……」
「……っ!」
その名が漏れた瞬間。
周囲の鬼たちが止まる。
「最凶の……」
「……黒雷……」
來の足が止まった。
「ひっ……!」
鬼たちが後退る。
來は何も言わない。
目の前にいた一体を見る。
「……どけ」
「…………っ」
來の瞳が細くなる。
「目障りだ」
——ドッ!!——
「——っ!?」
次の瞬間——
鬼の身体が消えた。
肉が弾け——
血だけが大地へ降る。
「…………」
來の頬に血が飛ぶ。
拭わない。
何も感じていない。
「ば……化け物……」
來が視線を向ける。
「…………」
「ひっ……!」
——ザッ——
鬼たちは道を空ける。
來は再び歩き出す。
戦う理由などない。
殺す理由もない。
ただ——
邪魔なら退ける。
襲ってくるなら殺す。
それだけだった。
——ザッ——
——ザッ——
誰も、來の前には立たない。
誰も、その背中を追わない。
「…………」
それが当然だった。
孤独ではない。
孤独だと思ったことすらない。
一人でいることに——
何の疑問もなかった。
來の足が止まる。
「……?」
血の海。
その中に——
小さな影があった。
「…………」
子供。
一人のガキが立っている。
「……何だ」
來の眉が僅かに動いた。
「貴様は」
「…………」
逃げない。
震えてもいない。
むしろその目は——
輝いていた。
「…………?」
來が僅かに怪訝な顔をする。
——ズッ——
殺気を向ける。
「…………」
ガキは動かない。
「失せろ」
「嫌や」
「…………」
來の眉が動いた。
「殺されたいのか」
「ちゃう」
「なら何だ」
ガキが拳を握る。
そして——
満面の笑みを浮かべた。
「——あんたに、憧れてるんや!」
「…………」
殺意しか存在しなかった世界。
來は初めて——
理解できないものに出会った。
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