第五十二話 最凶という名の道化
灰色の空からは、何も降ってこない。
雨も、雪も。
ましてや先ほどまで戦場を支配していた、あの噎せ返るような死の匂いさえも。
「……っ、はあぁ……っ!!」
來は、灰に塗れた大地を爪が剥がれるほどに掴み、無理やり上体を起こした。
肺に流れ込む空気は無機質で、鉄の味さえしない。
命の燃焼を感じさせない、ただの空虚な呼吸の反復。
視界の端には、動かなくなった蒐。
呆然と座り込む朱禰の背中。
そしてその先――朱色の首輪を見つめたまま、魂が抜けたように震える沙苗の姿があった。
「……俺は……守れなかった……」
いつもの鋭い來の声が、今はひどく掠れ、惨めな湿り気を帯びて響く。
「……生きながらえて……しまった……」
自嘲の笑みが、來の口元に深く刻まれた。
最凶の鬼。
そう自負し、その力こそが沙苗を守る盾だと信じて疑わなかった。
だが、その絆に酔っていたのは、自分の方だったのだ。
ヒトになろうとした、紛い物の鬼。
その成れの果てが、泥を啜りながら、慟哭をただ見つめている。
「……典膳……貴様の言う通りだ……」
脳裏に、あの冷徹な嘲笑が、呪いのように木霊する。
――『弱者であるお前たちという、取るに足らぬ虫けら……』
「……滑稽な道化師だ……俺は……ただの……」
來は、傍らに転がっていた折れた黒刀を、血が滲むほどの手で握りしめた。
今まで、自分が沙苗を守ってやっていると思っていた。
だが、現実は違った。
沙苗の緋色の暖かさに甘え、牙を研ぐことさえ忘れていたのは、俺の方だ。
「……っ……がっ……あああああああっ!!!!」
來は色のない空に向かって吠えた。
それは敵を威嚇する咆哮ではない。
己の無力。
剥き出しになった傲慢。
そして何より、沙苗の隣に立つ資格を失ったという、醜い己への断罪。
静寂に包まれた灰色の世界。
最凶と謳われた男の無様な慟哭だけが、出口のない空へ、虚しく溶けていった。
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『輪廻の瑕疵』は、毎日18:00に更新予定です。
※本作は「カクヨム」にも重複投稿しています。
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和風怪異とはまったく異なる、
魂と市場を巡る近未来ダークファンタジー。
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