第四十六話 不条理への灰牙
「人間というものは、自分たちに不都合な事実を隠し、都合のいい偽りを事実として上書きする穢れだ」
典膳の声には、一切の揺らぎがない。
ただ淡々と、数千年の時をかけて磨かれた真理を告げる響きがある。
その場にいる全員の動きが、凍りついたように止まっていた。
それは力による物理的な制圧ではない。
言葉そのものが持つ、圧倒的な存在の格差。
彼の言葉を聴くこと自体が、魂への冒涜であるかのような錯覚。
「お前たちの先祖は、私の存在を歴史から消失させた。無為に生を喰らい、ただ漫然と死を待つだけの、出来損ないの鬼だというのに」
典膳は、金縛りに遭ったように動けない沙苗の目の前で、冷たい指先で宙をなぞった。
彼が触れた空気が結晶化し、死を孕んだ灰が舞う。
灰はまるで生き物のように渦を巻き、世界を灰色に染めてゆく。
「……本来であれば、私はお前たち須藤家の始祖であるぞ」
「……っ……あ……」
沙苗の喉が、引き攣った音を立てる。
朱禰の顔は驚愕に凍りつき、シンの瞳が獲物を狙う猛獣のように鋭く細められた。
典膳の声は、美しくも残酷な真実を心臓に直接突き刺していく。
「私の弟……須藤道舟。その哀れな男の末裔よ」
典膳は、絶対零度の視線で沙苗の緋色の瞳を覗き込む。
その鏡のような瞳の奥に映る自分の虚無を、楽しんでいるかのようでさえあった。
「その緋色は、私への劣等感が生んだ弟の惨めな足掻き……お前たちが命を賭して繋いできたものは、私という真実から逃げ出した模造品だ」
沙苗は、言葉を失った。
自分を支えてきた父の愛。
一族の誇り。
命を燃やす緋色の輝き。
すべては、絶対的な王に怯えた弟が遺した、偽りの惨めな逃避の証だったというのか。
「……ふん。相変わらず、語る言葉だけは流麗だな、典膳」
静寂を、尊大な物言いで突き破ったのは、シンだった。
いつもと変わらぬ、どこか軽薄で、けれど揺るぎない声。
それが絶望の底に沈みかけていた沙苗の意識を、寸前で現世へと繋ぎ止める。
「自ら牙を折った者の言葉は軽いぞ、シン……原初の灰牙よ」
「……牙ならあるさ。お前のように、いつまでも己の絶望に染まったままの亡霊を倒す……この牙ならな」
不遜な笑みを浮かべ、シンが典膳の前に一歩踏み出した。
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