第四十五話 亡名の王
「……な、何よ、それ……」
沙苗の震える声には、沸き上がる根源的な恐怖が色濃く滲んでいた。
眼上の灰色のヒトは、その言葉を慈しむように、薄く、酷く綺麗な笑みを浮かべた。
より一層柔らかく、けれど深淵の底から響くような狂気を孕んだ声が、静寂を侵食していく。
「……だからこそ、あやつが鎖となることを、私は敢えて見逃した……この永劫の退屈への救い……それを死と定義し願った、矮小なる観測者の誕生を……」
男が見下ろすのは、個々の命ではない。
彼にとって、この世のすべては等しく無価値な命という名の現象。
救いとしての沙苗の緋色。
緋色の観測者である紅葉の顕現。
すべては退屈を紛らわせるための、取るに足らぬ児戯。
絶対者ゆえの、色のない純粋な傲慢。
「――ふざけないでよ――」
沙苗の足元に緋色の炎が揺らめく。
単なる現象ではない。
沙苗の魂に呼応するかのような、強い意志を持った緋色の炎。
死という威圧感に縫い付けられ、指一つ動かせなかった皆の体を、優しく、力強く、死の呪縛から解いてゆく。
「……里に明けを運ぶ色、か……」
灰色を侵食し始めた緋色の輝きを、玩具でも眺めるように目を細めた。
「あんた……何を、言っているの……」
沙苗は肺が焼け付くような熱を吐き出しながら、その男の瞳を真っ向から射抜く。
男は、その視線に灰色の熱を入れるかの如く、言葉を重ねる。
「……須藤典膳……」
その名を口にした瞬間、世界から音が消えた。
「……お前たちが血眼になって辿り着いた、亡名の王である……頭が高い、痴れ者共」
歴史から抹消され、一度は滅んだ須藤家。
始まりであり、すべての終わりを知るかつての頂点。
灰色の絶望そのものとなった始祖が、どこまでも冷たく、静かに見下ろしていた。
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