第四十一話 灰色の足音
「……やっぱり、無いのね。須藤家の家系図の始まりは、あくまで須藤道舟……」
朱禰の言葉通りだった。
道源の書斎に遺された古い巻物、その筆跡を何度辿り直しても、始まりの頁に記されているのは道舟の名だ。
「來とシンの言葉が事実なら……典膳の名が無いということは、誰かが、意図的にその存在を歴史の闇へ葬ったということ」
沙苗の声が、暗い書斎に冷たく響く。
その言葉は、來とシンの証言を疑う余地のない事実として肯定していた。
「それは明らかでしょうね。私たちには何も知らされていない。でも……」
朱禰は、自分の思考の糸を灰色の世界との歪な関わりに手繰り寄せ、言葉を絞り出す。
「兄さんは、気付いていた。私に伝えた灰色の世界の因果……それが、歴史から名前が消された須藤典膳という存在に直結していることに」
あの道源が、何も意味もなく沈黙を守るはずがない。
知っていて伝えなかったこと、それ自体が灰色の絶望から妹たちを守るための最後の術だったのではないか。
「……緋色……?」
沙苗が、自らの掌を見つめ、ぼそりと呟いた。
「……灰色が理を壊すというのなら……緋色は灰色の世界にとって、決して知られてはならない、存在してはならない色……?」
沙苗の直感が真理に肉薄した、その瞬間だった。
『――ガアァァァァァ!!!!』
腹の底を直接爪で掻き立てられるような、不快な咆哮。
鬼の怨嗟とも、穢れの呪詛とも違う。
生命の根源を否定するような異質な圧が、静寂に包まれていた庭を暴力的に塗り替えた。
「何やっ!!??」
蒐が弾かれたように書斎を飛び出す。
その後に全員が続いた。
沙苗たちは眼前に広がる光景を凝視し、戦慄した。
「……何なの、あれ……鬼でも、穢れでもない……」
山のように巨大な体躯。
焦点の合わない、無機質な人の目。
充血した鬼の目。
獣を喰らうためだけに裂けた口からは、鋭利な牙が身体中を突き破って剥き出しになっていた。
そこから溢れるのは血ではなく、粘り気のある灰色の泥。
全身が、色のない死を纏った理外の獣。
「……罅から出てきたか……灰牙の獣……」
シンが、古傷を痛めるように喉を鳴らし、呻いた。
「あれは、灰色の世界の穢れの成れの果てだ。死ぬことも、消えることも許されず、ただ飢えという渇きを糧にした……否色の獣だ」
脅威が、今、顕現した。
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