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輪廻の瑕疵  作者: 朔來 織
~思緋紡ぐ鈍色の鎖~

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第三十九話 味のある団欒と灰色の縁

——グツグツ——


鍋が鳴る。


「……生き返った……」


蒐が牛鍋を啜る。


——ズズッ——


目を閉じた。


「味がする……」


「当たり前だよ」


柚が呆れた顔で皿を片付ける。


「ちゃうんです」


蒐の目に涙が浮かぶ。


「当たり前やなかったんです……」


「何言ってんだい」


「俺は今日——」


遠くを見る。


「当たり前の尊さを知りましたわ……」


「大袈裟だねえ」


その隣。

來も静かに箸を動かしていた。


熊鍋。


——ハグッ——


「…………」


もう一口。


「來様」


「何だ」


「美味いですか」


「…………」


來は鍋を見る。


「味がある」


「そこ!?」


蒐が振り返る。


「熊の感想それ!?」


「真理だ」


「まだ無味引きずってるやん!!」


來は気にせず熊肉を口へ運ぶ。


——ハグッ——


「……美味い」


「最初からそれ言えや!!」


その横。


「ふーっ」


紅葉が小鍋へ息を吹きかける。


「ふーっ……」


慎重に一口。


——ハフッ——


「……!」


頬が緩む。


「美味しいです!」


「そうかい」


柚が笑う。


「今度からは、あたしに言いな」


「はい!」


紅葉がもう一口。


——ハフッ——


幸せそうに頬張る。

その姿を——

沙苗と朱禰が見ていた。


「「…………」」


「何よ」


「別に」


二人の前。

空の器。

厨房への立入禁止を言い渡された須藤家の女たち。


「私たちのだって食べられないことはないわよね?」


「そうよ」


——ピクッ——


蒐の箸が止まる。


「食べられへん」


「何よ」


「食べ物の形をした何かや」


「失礼ね」


「失礼よ」


「殺味を生み出した人らが言わんといて!!」


「あはははっ!」


柚の笑い声が響く。


騒がしい。

温かい。


湯気が昇る。

その向こう。


「いい酒だ」


シンが鬼殺すを舐める。


——ピチャッ——


「悪くない」


「シン」


柚が睨む。


「飲み過ぎるんじゃないよ」


「分かっている」


「本当かい?」


「俺を誰だと思っている」


「散歩の途中で酒飲みに行く駄犬」


「…………」


耳が下がった。


「わふっ」


「誤魔化すんじゃないよっ!」


「強いわぁ……」


蒐が呟く。

シンは黙って酒を飲んだ。


——コトッ——


柚が空いた皿を重ねる。


「それで?」


「ん?」


沙苗が顔を上げる。


「結局」


柚は皿を持ったまま。

いつもと変わらない声で聞いた。


「あんたたち、これからどうするんだい?」


「…………」


「その灰色の世界ってやつをさ」


店の空気が——

少しだけ変わる。


沙苗が自分の掌を見る。


「決まってるわ」


——ボッ——


小さな緋炎。


「向き合う」


緋炎が揺れる。


「あたしの緋色と」


朱禰がその色を見る。


「でも——」


「でも?」


「まだ知らない」


「何をよ?」


「灰色が——」


「…………」


「どうして生まれたのか」


誰かが作った。

絶望から逃れるために。


世界を止めた——

灰色。


「理由を知らないまま殴りかかったって」


沙苗が顔を上げる。


「また同じところで躓く」


「そうね」


朱禰が酒杯を揺らす。


「なら——」


酒の水面が揺れる。


「兄さんの書斎ね」


「父さんの?」


「ええ」


朱禰は頷く。


「行く価値はあると思うわ」


「何で?」


「私がここにいるってことは」


酒杯を置く。


——コトッ——


「始まりがある」


沙苗の目が細くなる。


「緋色の?」


「いいえ」


朱禰は沙苗を見る。


「灰色の」


「——っ」


「兄さんなら」


不敵に笑う。


「何かしら掘り返してるでしょ」


「……否定できない」


「絶対してますわ」


蒐が頷く。


「道源だからな」


來まで続く。

沙苗が額を押さえる。


「父さんへの信頼の方向がおかしいのよ……」


「…………」


來がシンを見る。

シンも來を見る。


二人の間から——

先ほどまでの空気が消えた。


「……來?」


沙苗が眉を寄せる。

返事はない。


シンの瞳。


その奥に——

遠い何かが映っている。


「……まさか」


來が呟く。

シンの耳が僅かに動く。


「お前も——」


「ああ」


短い返事。


二人の口から——

同じ名が落ちた。


「須藤典膳」


「…………」


沙苗の表情が止まる。

朱禰も笑みを消した。

蒐が二人を見る。


「……誰です?」


返事がない。


「來様?」


來の指が煙管へ触れる。


だが——

火は入れない。


「俺が人というものに——」


言葉が止まる。


「興味を持った男だ」


「…………」


沙苗が息を呑む。


「シン?」


沙苗が見る。

シンは盃を見つめていた。


鬼殺す。


「俺にとっては——」


その水面に映る——

柴犬の顔。


「もっと近い」


「近い?」


「ああ」


シンが目を閉じる。


遥か昔。

柴犬ではなかった。

鬼でもなかった。


一人の——

人間。


「俺がまだ」


目を開く。


「須藤信鷹という名で生きていた頃」


朱禰の指が僅かに動く。


「典膳は——」


シンは告げる。


「俺の主君だった」


「…………」


そして。

もう一つ。


「俺の——」


僅かに声が掠れる。


「弟だ」


「——っ」


沙苗の目が見開かれた。

灰色の始まり。


須藤家。


來が初めて興味を抱いた人間。


そして——

須藤信鷹。


点だったものが——

一つの名前へ。


須藤典膳。


その男の存在。


灰色に覆われた世界の奥深く。


今も——

静かに根を張っていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

『輪廻の瑕疵』は、毎日18:00に更新予定です。

※本作は「カクヨム」にも重複投稿しています。


もし「沙苗と來のコンビが良いな」「先が気になる」と思ってくださったら、

評価、ブックマークで応援いただけると、執筆の大きな励みになります。


そして、もうひとつの物語——

『SOUL TR@DE』も毎日18:00更新中です。


和風怪異とはまったく異なる、

魂と市場を巡る近未来ダークファンタジー。


あわせて楽しんでいただけたら嬉しいです。


今後ともよろしくお願いいたします。

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