第三十七話 不死という名の冒涜
「さて、あんたたちは灰色の世界について、どう把握してるんだい?」
緋色の残滓が漂う部屋に、威厳ある朱禰の声が響く。
「そもそも輪廻の鎖ってのは何なのか……そこんところ、わかっているのかい?」
沙苗の顔を射抜くような鋭い視線で見据えて問う。
沙苗は一瞬気圧されながらも、これまで自分が信じてきた世界の形を口にした。
「それは……灰色の世界には真の意味での死が存在せず、停滞こそが正解……」
「――そこに、疑問はないのかい?」
朱禰の凛とした一言が、静かに鋭い刃のように沙苗の言葉を遮った。
「……え?」
沙苗が顔をしかめる。
遮られた言葉の先に何があるというのか。
「沙苗。人間はね……いつの世も俗物なのさ」
朱禰は自らの指先を見つめ、どこか遠い記憶を辿るように目を細めた。
「高潔な理想、恒久な平穏……そんなものは表向きの御題目よ。最後に残る者の相場ってのは、いつだって決まってる」
朱禰の艶のある低音が、空気を一気に冷やしていく。
隣で黙って聞いていた來の瞳が、わずかに揺れた。
「……空虚という呪いだよ」
「空虚という呪い……」
沙苗が呟く。
「そう。呪いさ……それが己の存在を永劫に固定する。この灰色の停滞はね、誰かが望んだ平和な理想郷なんかじゃない。死ぬことすら許されない呪い……誰かが作り上げた、巨大な絶望の副産物に過ぎない」
朱禰はふっと自嘲気味に笑い、沙苗を指差した。
「あんたの緋色が何なのか、分かるかい?納得して死ぬという当たり前の営み……灰色の世界にとって、それは理の否定そのものなのさ」
背後で聞いていた蒐が、いつもの軽薄な笑みを消し、凄みのある声で呟いた。
「……なるほど……灰色の世界の理を壊さないための否定……虫唾が走りますなぁ、ほんまに」
シンが言葉を続ける。
「不死という名の牢獄。絶望が希望として顕現した世界。それが灰色の世界だ。数百年前に世界に絶望した者の、な……」
沙苗は、自分の拳を強く握りしめた。
緋色の炎が怒りに応えるように静かに揺らめく。
「……死ぬことさえ許されないなんて、そんなの生きてるって言わないわよ……壊してやるわ、そんな腐った理を」
「あはは!そうこなくっちゃ、兄さんの娘じゃないわ」
朱禰は若き日の道源にそっくりな不敵な笑みを浮かべ、沙苗を挑発するように手招きした。
「さて、沙苗。死の無い俗物たちの面を拝みに行く前に……まずは腹ごしらえに牛鍋でも食べに行こうかい。久しぶりにこの姿で食事を楽しみたいしね」
日常という平穏が、絶望という世界と対峙することは決まった。
当たり前がいつもそこに在るわけではない。
ただ、日常を噛み締める。
今はそれでいい。
沙苗たちは、在るべき賑やかな夕餉へと歩を進める。
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