第三十三話 三十年前の共犯者
「まずは端折って話をする。一回しか言わないからな。理解しようとするんじゃねえ。感じろ」
若き日の姿をした道源は、二十代特有の瑞々しさと不遜さを隠そうとせず、呆気にとられる一行を指差して言い放した。
あまりにも脳筋すぎる前置きに、沙苗の眉間に深い皺が刻まれる。
「感じろって、父さん……」
「俺が今、ここにこうして現れたのは、こうなることが分かってたからだ」
道源は沙苗の不満を無視し、楽しげに言葉を紡ぐ。
「この世界は灰色の理が塗り潰そうとしている。なら、その設計図の中に隙間を作っておく必要があるだろ?……ただ、この仕掛けは俺一人じゃちょいと難しい部分もあってな」
沙苗は、父の言葉の端々に漂う規格外さに頭痛を覚えた。
「一人じゃ難しい?」
「ああ、今から三十年ぐらい前にちょいとした手伝いをな」
「誰によ。父さんの無茶に付き合うって、よっぽど物好きな知り合いな気がするんだけど」
「ん?朱禰だよ」
道源は、当然だろというような軽さでその名を口にした。
『朱禰?』
沙苗、來、蒐が同時に声を揃える。
聞いたこともない名だ。
須藤家の家系図にも、道源の交友関係にも、そんな女性の名は一度も出てきたことがない。
「何だ、お前ら。俺から何も聞いてなかったのか?」
道源は心底意外そうに肩を竦める。
そして、不敵な笑みを深くした。
「須藤朱禰。俺の妹。お前らにとっては田中の婆って言った方が話が早いか?」
『……………………はぁあぁぁ!?』
書斎に今日一番の絶叫が響き渡った。
「そういえば……お前……沙苗が生まれた頃、妹が怖いとかなんとか言ってたな……」
來が自分の記憶を探る。
「妹!?田中の婆ちゃんが、父さんの妹!?待ちなさいよ、あのお婆ちゃん、どこからどう見ても普通の……いや、普通じゃないけど!うちの親族なの!?」
沙苗が詰め寄る。
若き道源は、すり抜けるように笑う。
「ああ。あいつは俺なんかよりずっと理に近い……だからこそ、あの婆の姿でこの町に居座って、俺が遺したものを守り続けてたのさ」
沙苗の脳裏に、件の柴犬を引き摺って帰るあの最強の老婆の姿が高速で思い浮かび、グルグルと脳内を巡る。
その正体は道源の妹。
その衝撃に、蒐は膝から崩れ落ちた。
「……田中の婆が道源の妹……?……嘘や……嘘やと言ってくれ……俺、あの人にシンの散歩の愚痴、散々聞かされてんねんで……」
「ははは!そいつは傑作だな!」
若き道源の笑い声が、書斎の空気を緋色に染め上げていく。
三十年の時を超えて仕組まれていた、須藤兄妹による世界への悪戯。
その全貌が明らかにされる合図だった。
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『輪廻の瑕疵』は、毎日18:00に更新予定です。
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