第三十二話 若き日の規格外
須藤家の屋敷、その最深部。
主を失った書斎は静謐に満ちていた。
不味い茶を啜り、笑っていた父の記憶が見え隠れする。
「……やっぱり、何も見当たらないわ……」
沙苗は乱雑に積み上がった古文書を、指先を墨で汚しながらめくる。
それは灰色の記録というより、ただ羅列しただけの残滓に見えた。
探しているのは、運命への反逆の糸口。
だが、見つかるのは停滞への焦燥のみ。
その時、目端に色が映った。
古びた書架の隙間、沈殿した埃の中に、一冊だけ無機質な灰色の冊子が呼吸を止めたまま挟まっていた。
「これ、は……」
「沙苗様。なんか変な破れ方してますね、それ。まるで、中身が無理やり逃げ出したみたいな……」
紅葉が不安げに指差す。
冊子の断裁面は、何かに引きちぎられたような歪な形をしていた。
「何か書いてありましたん?」
蒐が覗く。
「何も書いていないんだけど……なんとなく、凄く嫌な予感……」
沙苗がその灰色に指を触れた瞬間。
――シャン――
脳髄の奥を直接、搔き回すような鈴の音が、一度だけ鳴った。
視界が、爆発的な緋色の炎に塗りつぶされる。
「――っ!?」
存在すらもが吸い込まれるような速度で世界から隔離される。
次の瞬間、一行の足元に広がっていたのは、先も奥もわからない、ただ純白の虚無だけが支配する白の世界だった。
「来たか。ま、適当に座れ」
聞き覚えがあるはずの声。
だが、それは沙苗が知る枯れた父親の声ではなかった。
玉鋼を打ち鳴らしたような硬度と、若さゆえの熱を帯びた自信に満ち溢れた響き。
全員が、弾かれたように振り返る。
そこに、男はいた。
シンが語った、霊力こそ平凡な規格外。
着崩した羽織を、風もないのにバサリと揺らし、不敵な笑みを浮かべて宙に座している。
その双眸。
今の沙苗が持つ緋色を、さらに数百度まで煮詰めたような激しく燃え盛る業の色を宿していた。
「……父、さん……?」
沙苗の喉が、極度の緊張で引き攣る。
「道源……」
來が呻くようにその名を呼ぶ。
彼が知っている、かつて共に戦場を駆けた道源の姿。
だが、目の前の男が纏っている色の密度は、來の記憶にあるそれよりも遥かに苛烈だった。
若き日の須藤道源は、驚ろきに目を見開く一行を眺め、最高に楽しそうに口角を上げた。
「そんな幽霊を見たような顔するなよ……まあ、死んでるから似たようなもんか」
艶のある、それでいて若さゆえの毒を帯びた声。
白い空間の密度を物理的に変えていく。
「ここに辿り着いたってことは、あの灰色の理をどうにかしたいんだろ?……だったら、俺と一緒に、世界を壊すための最高に悪趣味な相談をしようじゃないか」
規格外が、柔らかく笑った。
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『輪廻の瑕疵』は、毎日18:00に更新予定です。
※本作は「カクヨム」にも重複投稿しています。
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