第三十話 規格外の飲み仲間と、最強の婆ちゃん
「それで、これからどうする気だ?」
四杯目の酒を飲み干したシンが兵の瞳で沙苗を射抜く。
「まずは、須藤家を知ることよ。あたしは父さんのことを、父親としてしか見ていなかった。あの書斎を遺した須藤家当主としての本当の顔……あの父のことだもの。あたしがこの結論に至ることも、全て予測して手を打っていたはずだわ」
「ふん……道源か」
シンが懐かしむように目を細める。
「あやつは霊力こそ平凡であったが、それ以外は非凡という枠には決して収まらぬ規格外の男であったよ……よくこうして、夜通し盃を傾け語り合ったものだ」
「……ちょっと待って。飲み友だったんかい、あんたら」
沙苗の声が虚空に消える。
父とこの駄犬が語り合う光景を想像し、頭痛を覚えたその時だった。
「こらー!シン!どこに行ってたの!!」
牛鍋処の暖簾を勢いよく割って入ってきたのはシンの飼い主、田中の婆だった。
腰に手を当てシンを指差して怒鳴る。
「飲みすぎたらフラッとどこかに行く癖、治しなさいっていつも言ってるでしょ!今日も『鬼殺す』飲み過ぎじゃないの!」
「……え?」
沙苗の思考が停止した。
(……犬が『鬼殺す』を飲むことを、当たり前のように、許容している、だと……)
シンが先刻までの重厚な空気をどこへやら、気まずそうに耳を伏せて呟く。
「……すまん。興が乗って、つい、な」
「飲むときは事前に言ってくれればそれでいいのよ。道源様と一緒に飲むときは、ちゃんと私に伝えてから出かけてたじゃない」
田中の婆は、まるでおやつをねだる子供をたしなめるような口調でシンの頭を撫でる。
その光景に、ついに蒐の忍耐が限界を迎えた。
「いやいやいや!!おかしい!おかしいですって婆さん!!柴犬は喋らんし!!飛ばないし!!!『鬼殺す』は飲まん!!!!」
蒐が全力で机を叩いた。
この混沌一色な環境において田中の婆の受容体は、もはや人類の理解を月の先まで飛び越えていた。
「あら、蒐ちゃん。シンって空飛べるの?いいわねえ。私も一回くらい飛んでみたいわ!」
『………………』
沙苗は蒐と顔を見合わせた。
來もまた、見たこともないほど困惑した表情でシンと田中の婆を見つめている。
「田中の婆ちゃん……あんた、何者……??」
沙苗の呟きに田中の婆はコロコロと笑う。
「何者って、ただの近所の婆よ……でもね、沙苗ちゃん。道源様はいつも言ってたわ。この世界で一番不自然なのは、理屈で説明がつかないものを、理屈で封じ込めようとのことだ、ってね」
その言葉に、沙苗はハッとした。
不味い茶を好み、鬼と暮らし、その上『鬼殺す』を飲む犬を隣人として受け入れていた父。
道源が戦っていたのは灰色の世界ではなく、こう在るべきという固定観念そのものだったのかもしれない。
「……さて。お説教は終わり。シン、帰るわよ。晩御飯は鯵の開きなんだから」
「……ふん。致し方ない。さらばだ、沙苗、來。と細目……また興が乗れば語り合おう」
シンはええ声で別れを告げると、田中の婆に引かれてトコトコと店を出て行った。
残されたのは、圧倒的な静寂。
そして、机に残された空の盃。
「……蒐」
「……なんですか、沙苗様」
「田中の婆ちゃん、絶対にただの近所の婆じゃないわね」
「……俺もそう思いますわ」
最大の謎が、近所の婆という形で現れた。
須藤家という一族。
そして灰色の理。
物語は、より一層予測不能な混沌と、道源が遺した真意へと向かって動き出した。
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『輪廻の瑕疵』は、毎日18:00に更新予定です。
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