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輪廻の瑕疵  作者: 朔來 織
~思緋紡ぐ鈍色の鎖~

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第二十九話 執着と憤怒、そして美しき一筋の雨

店内の空気が、凍りついたように静まり返った。

空のはずの朱色の盃から、無いはずの揺らぎが聞こえるかのような静寂。


「紅葉……あんた、何、笑ってんのよ!!!」


沙苗の絶叫が、牛鍋処の天井を突き抜ける。

その目には、運命への恐怖ではなく、理不尽な犠牲を強いる理への剥き出しの怒りが宿っていた。


「あんたはあたしから生まれた。あたしが名前をつけてここに存在してるのよ。なのに、何が鎖よ。何が生まれた理由よ。自分勝手に結論づけないでよっ!!!」


沙苗は紅葉の肩を掴み、激しく揺さぶる。


「あたしや來の気持ちはね、誰かの犠牲の上に胡坐をかいて納得できるほど、安っぽくできてないのよ……っ」


その背後で、來が静かに立ち上がった。

その体から、かつて世界を震撼させた最凶の鬼としての覇気が、静かに、けれど苛烈に立ち上る。


「……俺たちの行く末を、たかが理の一部として勝手に結論づけられるのは……最凶の鬼としては腹に据えかねる」


「諦めが悪いんが執着の鬼なんですわ」


蒐もまた、不敵な笑みを浮かべて前へ出る。


「そんなくそみたいな理、地元の粉もんにでも練り込んで醤油ぶっかけて食い尽くしたる。なぁ、嬢ちゃん。お前が言う理由より俺らの執念の方が、上書きしにくいってこと見せつけてやろうや」


三人の凄まじい熱量に、紅葉は圧倒されたように目を見開く。


「……でも、私は……」


紅葉は言いかけた言葉を飲み込んだ。

ニコニコとした微笑の瞳から、自分でも気づかないうちに一筋の透き通った涙が頬を伝って零れ落ちた。


「……あ……私、なんで……」


シンはその涙が床に落ちるのを、背中で聞いていた。

かつて灰色の世界で観測者が自らを砕いて鎖になろうとした時、シンは灰色の護り手であった。

彼は、ただそれを見送ることしかできなかった。

何もできず、ただ停滞へと溶けゆく世界を虚無の目で見つめていた。


(……今代の緋色は、あの日、俺が繋ぎ止められなかった灰色の世界さえ、その熱で溶かしてくれるのか……)


シンは自身の中に芽生えかけた希望という青臭い色を、無理やり『鬼殺す』の香りで押し殺す。

だが、その手は無意識に四杯目の注文を指し示していた。

盃の中で波打つ音は、三杯目までの重苦しい音とは違い、驚ろくほど軽やかで明るい旋律を奏でていた。


「……女将。お代わりだ……今度は、少しだけ甘めの酒にしてもらえるか」


沙苗の怒り。

來の矜持。

蒐の執着。

そして、名を得た少女の初めての涙。


混沌の色の狭間で、物語は決められた結末を拒絶し、誰も見たことのない未知なる色彩へ進み始めていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

『輪廻の瑕疵』は、毎日18:00に更新予定です。

※本作は「カクヨム」にも重複投稿しています。


もし「沙苗と來のコンビが良いな」「先が気になる」と思ってくださったら、

評価、ブックマークで応援いただけると、執筆の大きな励みになります。

今後ともよろしくお願いいたします。

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