第二十五話 灰色の先行者と、世界の裏側
「……この子の名前、そうね……」
沙苗は、自分を見つめる無垢な瞳をじっと見つめ返し、少し照れくさそうに口を開いた。
「紅葉、でどう?私が顕現させた緋色って、紅葉みたいに鮮やかで綺麗じゃない……あんたも、この色がきっかけで生まれたんなら、お揃いの方がいいでしょ」
「もみじ……はい!沙苗様!私、その名前に納得しました!」
紅葉は嬉しそうに微笑み、自分の胸元に触れる。
その瞬間、彼女の纏う白い振袖に、一筋の鮮やかな緋色の糸が刺繍のように浮かび上がった。
名を与えられたことで、概念がこの世界に定着した証拠だ。
だが、沙苗の表情は晴れなかった。
彼女は『鬼殺す』の二杯目を所望している、ええ声の柴犬――シンに向き直る。
「……ねえ、シン。あんた、自分のことを緋色の護り手って言ったわね……ってことは、あんた以外にも護り手がまだいるんじゃないの?」
その言葉に、酒を舐めていたシンの動きが止まった。
「……ほう。なぜそう思う?」
低い、地の底から響くような声。
「紅葉が言ったのよ。自分が顕現するまでこの世界に存在しなかったって……それって、逆を言えば別の世界には既に色があったことになる」
沙苗の指摘に、來と蒐が顔を見合わせる。
「沙苗様、それって……俺たちが今いるこの理の外に、別の理が完成されてるってことですか?」
「ええ。世界が生まれた時、最初からあったのは白と黒……でも、今の世界には灰色が存在してる。灰色は白と黒、二つが混ざり合った色よ。だとしたら、緋色の前に生まれた最初の新しい色……なんじゃないの?」
沙苗は一気に畳みかける。
「つまり灰色が新しい色として認められ、護り手と観測者が存在する別の世界が、あたしたちの理の外側にすでに完成している……違う?」
静寂が店を包み込む。
盃の中の酒が、静かな波を立てた。
シンは静かに笑い、盃を覗く。その瞳には、今代の色を創る者に対する深い敬意が宿っていた。
「……ふん。今代の器は、なかなかに頭が切れるようだ。『鬼殺す』を奢った甲斐があったというものだ」
シンは隣に座る紅葉に、ゆっくりと視線を向けた。
「説明してやってくれ、紅葉……この世界の先にある、灰色の結末について」
紅葉はニコニコとした微笑みを崩さないまま、けれどその瞳だけを深い霧のような灰色に染めて語り出した。
「はい。沙苗様。正解です……灰色の世界は、すでに完成し……そして停滞しました。白でも黒でもない。すべてが混ざり合い、何も変わることのない永遠の黄昏。そこの観測者と護り手は、今ここにいるシン様と、もう一人の私……」
紅葉の手から灰色の霧が溢れ出し、店内の光景を塗り替えていく。
「私たちが恐れているのは……沙苗様が創った緋色が、灰色の停滞を食い破ってしまうこと。あるいは――灰色の世界が、緋色を飲み込みに来ることです」
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『輪廻の瑕疵』は、毎日18:00に更新予定です。
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