表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
輪廻の瑕疵  作者: 朔來 織
~思緋紡ぐ鈍色の鎖~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/48

第二十四話 緋色の器と朱色の盃

「………………」


沙苗は目の前の光景をどう脳内で処理すべきか、人生最大の壁にぶち当たっていた。


目の前では、柴犬が朱色の盃に注がれた『鬼殺す』をチビチビと舐めている。

行儀よく前足で箸を操る……わけではなく、鍋に顔を近づけ、極めて上品に葱抜きの牛鍋を食している。


口元から滴り落ちるタレ。

ブンブンと音を立てて左右に振れる尻尾。

なのに、なぜかそこはかとない品を、目の前の柴犬は醸し出している。


「……なんでこの店に、そんなクセのある名前の酒があるのよ……」


「沙苗様……気にしたら負けや……俺もさっきから、あの犬の飲み方が仕事終わりのごっついおっさんにしか見えん……」


蒐が死んだような目で隣に座る。

沙苗は意を決して、少女と、盃を傾けるシンに向き直った。


「……シン……いえ、須藤信鷹。遊びは終わりよ。教えて……この緋色って、一体何なの。あたし、何をしたのよ」


シンは『鬼殺す』の芳醇な香りを鼻腔で楽しむように目を閉じる。

劇場版の最大の見せ場を飾った余韻を思わせる、ええ声で語り出した。


「沙苗。この世界の理において、力とは本来、白、黒、灰の三色しかない。それ以外は色を持たない。ただ世界の理として形を成さずに消えていく運命にある……世界が崩壊に向かう中で理のひびから漏れ出る、いわば死にゆく世界の残り香だ」


シンは盃の底に残った、どこまでも澄んだ酒を見つめる。


「だが、ここで致命的な揺らぎが起きた。消失するはずの生命力を無理やり繋ぎ止め、己の意志で着色した者が現れた……それが、お前だ」


「着色……?」


「そうだ。お前の染まることを許さないという信念が、無色透明な世界の命を、鮮やかな緋色という形へ焼き付けた。お前はただの霊力の使い手ではない。消失しゆく世界を、自分の色で無理やり塗り替えた、色彩を持つ器なのだよ」


少女が沙苗の隣でそっと、その緋色の器である手首に触れた。


「沙苗様の色がなぜ緋色なのか……それは、今の沙苗様に一番必要な色だったから。情熱でもなく、怒りでもなく、誰かを赦し、繋ぎ止めるための温かな色……」


沈黙が流れる。

來と蒐は自分の掌を見つめた。

最凶と呼ばれた己の黒の力が、沙苗の緋色に救われたあの瞬間を思い出す。


「……必要な色ね……」


沙苗は自嘲気味に笑った。


「世界が壊れて漏れ出た欠片みたいな力を、あたしが勝手に拾って塗ったってこと?……つくづく、可愛くない力だわ」


「ふん……理を無視して美しさを求めた代償だ。誇るがいい、沙苗」


シンは最後の一口を飲み干すと、満足げに喉を鳴らした。


「さて、女将……今の話の対価としては安すぎるが、この牛鍋の会計は俺のええ声でつけにしておいてくれ」


『できるかぁぁぁ!!金払いなさいよこの駄犬っ!!』


沙苗と柚の怒声が綺麗に重なる。


世界の崩壊。

漏れ出る生命力。

色として世界に揺らぎを与えた自分。

あまりに重い真実を突きつけられたはずなのに、目の前のええ声の犬のせいで、沙苗の心からは重さが消し飛ばされていた。


「……で。蒐。言ってたわね。この子に名前、あたしが付けていいの?」


沙苗は、隣に座る名もなき概念の少女を見つめた。

新しい色が生まれたことで、初めてこの世界を観測した少女。

彼女にどんな名を与えるべきか。

それは、世界に揺らぎを作った張本人にしか許されない。


神聖で、けれど至極個人的な納得の儀式だった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

『輪廻の瑕疵』は、毎日18:00に更新予定です。

※本作は「カクヨム」にも重複投稿しています。


もし「沙苗と來のコンビが良いな」「先が気になる」と思ってくださったら、

評価、ブックマークで応援いただけると、執筆の大きな励みになります。

今後ともよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ