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輪廻の瑕疵  作者: 朔來 織
~思緋紡ぐ鈍色の鎖~

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第二話 猫の嘘、幸福の破棄

「にゃー」


二人が立ち寄った茶屋に一匹の三毛猫が何かを招くかのように佇んでいた。


茶屋の看板娘のかおるは裏路地で震える一匹の三毛猫を拾った。

その猫をコウと名付け、自分の命を分けるように慈しんだ。


微笑ましい姿は、まるで春の陽だまりの一部を切り取ったかのような暖かな時間を作りだしていた。


「……あれは、ただの猫じゃないな」


來の言葉に、団子の串で空をなぞりながら、沙苗はため息をついた。


「ええ。中身は人間の魂――それも、来世で薫と結ばれるはずの男、航汰こうたの成れの果てよ」


航汰は、来世で反物屋の息子として生まれ、薫と添い遂げる宿命にある。

しかし、彼は今世の薫の元へ魂だけが先に生まれてしまった。

猫の器に魂をねじ込み、彼女の側に居続ける道を選んだのだ。


「航汰。あんた、わかってるんでしょ」


沙苗が猫に向かって突き放すように言った。


「猫として薫に可愛がられる今の幸せを続ければ、あんたの魂は摩耗する。来世の反物屋の息子という役目は消滅するわ」


猫――航汰は、悲しげな鳴き声を上げた。


「薫は来世、誰とも結ばれず独りで果てる。あんたが今、薫の手の中で死ななければ、二人の未来は死ぬのよ」


沙苗の言葉を最後まで聞かずとも、彼はすべてを理解していた。


自分の今の幸せが、愛する人との決別に繋がることを。

航汰は彼女の温かい手のひらから離れる勇気が持てなかった。


來は無言で猫の首根っこを掴み上げて言った。


「俺が食ってやろうか。鬼に喰われれば、因果は強制的に断ち切れるだろう。来世へ無理やり放り込んでやる」


「來、待ちなさい」


沙苗がそれを止めた。

彼女の瞳には、嫌悪と隠しきれない共感が混じっていた。


「来世なんてのは単なる次の輪廻よ。でも、この男にとっては、薫に撫でられるこの瞬間が何よりも尊くもあるの」


來は忌々しげに鼻を鳴らした。


「……死への納得。俺たちがいつも口にしていることだ。だが、この猫は今世に執着している」


沙苗は沈黙した。


祓い屋として、歪んだ縁は正すべきだ。

航汰を今すぐ祓い、薫との今世の別れを成立させることが来世への唯一の救済。


視線の先では薫がコウを抱きしめて、ずっと一緒だよと笑っていた。

その姿はあまりに無邪気で、残酷なほど幸せそうだった。


沙苗は懐から、一枚の札を取り出した。


「……來。あたしたちはいつも今世を納得して終わらせるために祓い続けてる」


沙苗は札を猫の首輪に結びつけた。

それは、命を削って言葉を伝える禁呪だった。


「航汰。あんたに三日間だけ時間をあげる。その間に薫に、自分は人間であり来世で待っている。そう伝えなさい」


沙苗は一息入れて言葉を続ける。


「薫自身に選ばせなさい。猫としての今の貴方を愛し続けるか、それとも貴方を看取って来世での再会を約束するか」


來は呆れたように肩をすくめた。


「結局、一番きつい役目を娘に押し付けるのか。お前も大概、性格が悪いな」


「……あたしたちは見届けるだけよ」


三日後、茶屋の裏庭。


冷たくなった三毛猫を抱いて薫はボロボロと大粒の涙を流していた。

その顔は悲しみに暮れていたが、不思議と絶望の色はなかった。


彼女の指には、猫が最期に残した反物の端切れが握られていた。


「……待ってるね……航汰さん……来世の綺麗な着物と一緒に……」


沙苗はそれを見て、満足げに背を向けた。

來がその隣に並ぶ。


「納得したか」


「ええ。今世の別れを、薫は自分の意志で受け入れた。それで十分よ」


二人はまた、いつものように歩き出す。


「来世のあいつらの顔、いつか見に行くか」


煙管の灰を落としながら空を見上げる來の呟きに、沙苗は少しだけ笑った。


「あら、柄にもないことを言うじゃない」


来世という名の未来を風に乗せて、二人の進む道を開いていった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

『輪廻の瑕疵』は、毎日18:00に更新予定です。

※本作は「カクヨム」にも重複投稿しています。


もし「沙苗と來のコンビが良いな」「先が気になる」と思ってくださったら、

評価、ブックマークで応援いただけると、執筆の大きな励みになります。

今後ともよろしくお願いいたします。

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