第一話:『現世の須』
平穏な日常。
その影には必ず、救われぬ穢れが存在している。
陰陽の先にあるもの。
人を喰らう鬼。
人が齎す業。
救いを求めぬ魂。
力を持たぬ者の目には、恐れという色が例外なく鮮やかに映る。
その色を染める者。
祓う者の存在。
思緋紡ぐ鈍色の鎖は、甘く爽やかな優しさが薫る季節に在った。
「……この辺りの穢れは、これで全部」
沙苗は薄紫の法衣を翻し、額の汗を拭う。
呼吸が少しだけ荒い。
「言ったでしょ、あたし一人で――」
その言葉を遮るように、隣に座っていた男――來が、音もなく立ち上がった。
抜刀の音すらしない。
ただ漆黒の刃が、沙苗の背後で蠢いた影を一片の花びらとともに、一瞬で霧散させる。
「……楽に死ねと言ったはずだ」
來は黒刀を鞘に収めると、再び座り直し、煙管を咥えた。
「……わざとよ。あんたが暇そうだったから、残しておいてあげたの」
悔しさを隠すように、沙苗はぶっきらぼうに言い放つ。
「沙苗」
「何よ」
「……腹が減った。団子だ……あと、苦い茶が飲みたい」
最凶の鬼と謳われた男の言葉とは思えない、その些細な要求に、沙苗は呆れたように息を吐く。
祓うものと、その理を外れたもの。
鈍色の鎖で繋がれた二人の背が、色のある陽光に照らされていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
『輪廻の瑕疵』第一章~思緋紡ぐ鈍色の鎖~は、毎日18:00に更新予定です。
今作『輪廻の瑕疵』が、作家としての処女作です。
一つのエピソードに込めた魂を、読者の皆様に感じていただけますと嬉しいです。
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