表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
輪廻の瑕疵  作者: 朔來 織
~思緋紡ぐ鈍色の鎖~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/53

第十九話 影とお玉と割烹着

昨日が遥か昔に思える、今日という平穏。

重い体を引きずり、空腹を満たすべく牛鍋処『ゆず』の暖簾をくぐる。

來と沙苗を待っていたのは、異次元の光景だった。


「……いらっしゃ~い」


聞き覚えのある、けれど絶望的にこの場にそぐわない声。

店の入り口に立っていたのは、漆黒の洋装の影鬼。

真っ白な割烹着を纏った蒐が、そこにいた。

耳には煙草を挟み、手にはお玉。


「…………は?」


沙苗の口から、魂の抜けたような声が漏れる。

昨夜、自分たちと役目という名の殺し合いをした存在が、目の前にいる。

緋色の光で赦した執着の化身が、気だるげにお品書きを差し出している。


「……蒐。お前、何をしている」


來が、かつてないほどの戸惑いを瞳に浮かべて問う。


「これが……きゅん……なのか」


いいや、違う。


「見たらわかるやろ、奉公や。ほら、牛鍋。食べに来たんやろ?俺が作ってん。熱いうちに食べ。伸びたら承知せえへんで」


「情緒わい!!あたしの情緒の置き所どこにぃぃぃ!?!?!?」


沙苗の突っ込みが店内に響く。

蒐は鼻を鳴らすと、鮮やかな手つきで鍋を火にかけた。


「柚!ちょっと柚!!この子……いや、このクソガキ!なんでお店で働いてんのよ!!」


沙苗が台所の奥に叫ぶと、腕組みをした柚が鼻息荒く現れた。


「ああ、沙苗。昨日の夜、あんたたちに牛鍋の差し入れ持っていったのさ。そしたら門の前で、このこじらせたガキがシケモク吸って黄昏れてたんだよ」


話は昨夜に遡る。

満身創痍で煙草を吸っていた蒐に、柚は一切の物怖じせずこう言い放ったのだ。


「あんた、面構えはいいけど泣きそうな顔してるね……料理は得意かい?」


柚は蒐を見て吹き出しそうになりながら、言葉を続けた。


「そしたらこのガキ、なんて言ったと思う?」


蒐は気まずそうに目を逸らし、地元の訛りでぼそりと呟いた。


「……粉もんなら、作れるで」


「粉もんってあんた!!鬼の世界に粉もん文化あったの!?」


「うるさいわ。生きるために媚びてた頃、屋台の親父に仕込まれたんや……醤油の焦げる匂いは、理を凌駕するんや」


蒐が作った牛鍋を、來がおそるおそる一口食べる。


「…………っ!!」


「來!?大丈夫!?毒とか入って――」


「……美味い……不味くない。熱い。悔しいが……美味い」


蒐は、ドヤ顔をする。

まるで授業参観で親を見つけて張り切る子供のそれだ。


沙苗も一口、口に運ぶ。

衝撃が走った。

最高の牛肉の旨味を、蒐の媚びることで磨かれた完璧な味付けが引き立てている。

絶品だ。

柚の味とはまた違う、どこか中毒性のある暴力的な美味さ。


「なっ……!?なによこれ、悔しいけどめちゃくちゃ美味いじゃない!!」


「だろう?」


柚が勝ち誇ったように笑う。


「無味娘とは違うのだよ、無味娘とは!何を作っても無味になるあんたと比べたら、味覚だけは執着の塊だね。うちの新しい看板息子さ!」


「……誰が息子や。俺は來様の影として……」


「はいはい、影なら影らしく三番席の片付けやってきな!」


「……へいへい」


割烹着を翻し、蒐があっという間に皿を下げていく。

その背中には、昨夜の禍々しさは微塵もない。

あるのは、新米奉公としての奇妙な誇りと、少しだけ誇らしげなどや感。


「……蒐。あたしたち、あいつを赦したけど」


「ああ」


「……こういう形になるとは思ってなかったわね」


「……これがヒトの世の納得というやつか……蒐、お代わりだ」


「自分で入れろや、この食いしん坊鬼!」


昨夜の戦いは夢の泡沫として消え去った。

立ち上る牛鍋の湯気の向こうで、蒐が少しだけ口角を上げたのを、沙苗は見逃さなかった。


絶品の粉もん牛鍋。

瑕疵を埋めた三人の、騒がしすぎる新しい日常がここから始まろうとしていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

『輪廻の瑕疵』は、毎日18:00に更新予定です。

※本作は「カクヨム」にも重複投稿しています。


もし「沙苗と來のコンビが良いな」「先が気になる」と思ってくださったら、

評価、ブックマークで応援いただけると、執筆の大きな励みになります。

今後ともよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ