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輪廻の瑕疵  作者: 朔來 織
~灰鏡に咲く緋華~

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第百五十話 破開

牛鍋処ゆず。


朝餉を待つ一同は、青い空を見上げていた。


「入口、か」


來が煙管を咥える。


「言うのは簡単だが、どこを探す?」


「……それは」


沙苗が考え込む。


灰色の世界は、もう見えない。

紫灰の器も姿を消した。


紅葉ですら、その気配を感じ取れなくなっている。


「……難しいですね」


「だろうな」


來が煙を吐く。


「そもそも、入口があるのかも分からん」


「うーん……」


沙苗が眉を寄せた。


「ふむ」


道源が顎を撫でる。


「ならば、作ればよかろう」


「……はい?」


「……作るだと?」


沙苗と來が同時に振り返った。


「入口だ」


道源が平然と答える。


「見つからぬなら、こちらで作ればよい」


「父さん……?」


「何だ」


「そんな簡単に……」


「簡単とは言ってないぞ」


道源が笑う。


「出来ぬとも言っていないがな」


「ふふっ」


朱禰が口元を押さえた。


「兄さんらしいわ」


「お前も同じことを考えていたろ?」


「ええ」


朱禰は涼しい顔で頷く。


「鬼が地獄から現世へ出ることができる」


沙苗を見る。


「なら、人が異界へ渡れぬ道理もないわよ」


「……それは、そうだけど」


「それに」


——バサッ——


典膳が扇を開いた。


「理外などという言葉も、随分と都合がよい」


來が片眉を上げる。


「ほう?」


「己が理解できぬものを、理の外に置いているだけだ」


典膳は笑った。


「理解できぬなら、理解すればよい」


「それでも分からなければ?」


「試せばいい」


「くくっ……なるほどな」


來が苦笑する。


「須藤の血は、どこまで行っても須藤か」


「何を今更」


道源が鼻を鳴らした。


「……脳筋……」


「「「それが須藤家というもの」」」


沙苗は三人を見比べた。

誰一人として、異界へ渡ることを不可能だとは考えていない。


「……何だか」


「ん?」


「入口が見つからないって悩んでいたのが、馬鹿みたい」


「はっはっは!」


道源が笑った。


「悩むのは、試してからでよい!」


「……そういう問題?」


「そういう問題だ」


「相変わらずだわ……はは」


沙苗も、つられて引き攣りながら笑う。


「それで」


來が煙管を指先で回す。


「作るとして、どうする?」


「そこよ」


道源の笑みが薄れる。


「向こう側へ干渉するには、相応の力が要る」


「力、ですか」


「ああ」


——パチン——


典膳が扇を閉じた。


「紫灰の器は、灰色の世界を呑み込んだ」


「…………」


「灰色とは何か」


道源が答える。


「白と黒だ」


「そうだ」


典膳が頷く。


「その双方を内包した世界が、丸ごと呑まれた」


「……となれば」


朱禰が目を細める。


「同じ色をぶつけても、通じるとは限らない」


「ああ」


道源が腕を組む。


「白も黒も、既に向こう側にある」


「では、朱は?」


沙苗が尋ねた。


典膳は扇を見下ろした。


「朱、か」


その瞳に、かつての戦いが蘇る。


鍾鬼。


幾重にも絡み合った因果。


斬っても。

断っても。


永遠に繋がり続けた理。


「……朱ではおそらく足りん」


典膳が呟く。


「鍾鬼の因果は、俺の朱でも割れなかった」


「確かにな」


道源が頷いた。


「だが」


典膳が顔を上げる。


「罅は入った」


「……!」


沙苗が目を見開く。


「罅……」


「ああ」


典膳の視線が沙苗へ向いた。


「覚えているか」


「……はい」


忘れるはずがない。


あの戦い。


閉ざされた因果。

その内側へ、確かに届いたもの。


「私の……」


沙苗が自分の手を見る。


「緋色」


「そうだ」


道源が腕を解いた。


「朱では割れなかった因果に、お前の緋色が罅を入れた」


「…………」


朱禰が考え込む。


「灰色を呑み込んだ紫灰の器と、鍾鬼の因果が同じ理で成り立っているとは限らないけどね」


「無論だ」


典膳が頷く。


「だが、試す価値はある」


「ええ」


朱禰が微笑んだ。


「既に一度、理を破った。その事実は大きい」


「…………」


來が煙管を口から離した。


「つまり」


その視線が沙苗へ向く。


「入口を探すんじゃなく、向こう側に罅を入れるってことか」


「そういうことだ」


道源が不敵に笑った。


「見えぬなら、見えるところまで割ればよい」


「……無茶苦茶やな」


蒐が呆れた声を漏らす。


「でも」


沙苗が顔を上げた。


「出来るかもしれません」


皆の視線が集まる。


「鍾鬼の時も、最初は無理だと思いました」


沙苗は掌を握る。


「でも、届いたんです」


「…………」


「だったら」


その瞳に、緋色が宿る。


「今回も、届くかもしれない」


紅葉が沙苗を見つめた。


「沙苗姉さま」


「うん」


沙苗が笑う。


「まだ、何も分からないけど」


「はい」


「やってみる価値はあるよね」


紅葉も微笑んだ。


「もちろんです!」


——バサッ——


典膳が扇を開いた。


「決まりだな」


「ああ」


道源が頷く。


「まずは、緋色が向こう側へ届くかどうか」


「……待て」


來が口を挟んだ。


「一つ聞いていいか」


「何だ」


「届かなかったら?」


「別の手を考える」


道源が即答した。


「……それだけか?」


「それだけだ」


「…………」


來は天を仰いだ。


「本当に、面倒な一族だな」


「今更やろ」


蒐がぼやく。


「ふふっ」


沙苗が笑った。


道源も。

朱禰も。

典膳も。


みんなが笑っていた。


「……ふーっ」


來が煙を吐く。


「ま、らしくはある」


沙苗は自分の掌を見つめた。


「そうね。あたしたちらしいわ」


あの日。


鍾鬼の因果に罅を入れた緋色。


もし、あの力が再び届くのなら。


消えた世界へ。

帰れずにいる家族のもとへ。


「……緋色、か」


典膳が呟いた。


道源が笑う。


「面白くなってきたではないか」


その言葉に、典膳も口元を緩めた。


「まったくだ」


二人の視線が、沙苗へ向く。


「……?」


沙苗が首を傾げた。


「何ですか?」


「いや」


典膳が扇を閉じる。


「須藤の緋色は、実に頼もしいと思ってな」


「……!」


沙苗の頬が緩んだ。


「はい!」


その声が、朝の空へ響いた。


紫灰の器。


灰色すら呑み込んだ、未知の理。


そこへ届くかもしれない色が、一つだけあった。


緋色。


須藤家が、幾代にもわたって繋いできた色。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

『輪廻の瑕疵』は、毎日18:00に更新予定です。

※本作は「カクヨム」にも重複投稿しています。


もし「沙苗と來のコンビが良いな」「先が気になる」と思ってくださったら、

評価、ブックマークで応援いただけると、執筆の大きな励みになります。


そして、もうひとつの物語——

『SOUL TR@DE』も毎日18:00更新中です。


和風怪異とはまったく異なる、

魂と市場を巡る近未来ダークファンタジー。


あわせて楽しんでいただけたら嬉しいです。


今後ともよろしくお願いいたします。

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