第百四十九話 出立
朝。
牛鍋処ゆず。
「…………」
卓に突っ伏した蒐が動かない。
「酒呑童子が一匹……」
掠れた声。
「酒呑童子が……いっぱい……」
その隣。
「頭……痛い……」
沙苗が両手で頭を抱えていた。
「…………」
一方。
——ズズッ——
典膳が茶を啜る。
——ズズッ——
道源。
——ズズッ——
朱禰。
そして——
柴犬。
「…………」
四人とも。
何事もなかった顔をしている。
「化け物……」
蒐の声が落ちた。
「朝から騒がしいぞ、小鬼」
道源が茶を置く。
「誰のせいや……」
「蒐」
來が見る。
「何や……」
「生きてるか」
「見たら分かるやろ……」
「分からん」
「なら死んどる……」
「そうか」
「諦め早過ぎやろ……」
——スッ——
典膳が立ち上がった。
「…………」
店の外へ出る。
朝の空。
「…………」
典膳が見上げた。
青。
どこまでも続いている。
「…………」
——カツン——
來が隣へ立った。
煙管を咥える。
「話がある」
典膳が視線を向ける。
「何だ」
「須藤道舟」
「……!」
「その男の話だ」
典膳の瞳が細くなる。
「…………」
「ふーっ……」
來は煙を吐いた。
「道舟は二人いる」
「二人?」
「ああ」
來が典膳を見る。
「一人は、お前の弟」
「…………」
「もう一人は——」
煙が空へ昇る。
「お前の子だ」
「……何?」
典膳が來を見る。
「明典」
その名に。
典膳の表情が止まった。
「明典が……」
「あいつは生きた」
來が続ける。
「須藤道舟として」
「…………」
「叔父の名も背負ってな」
典膳は何も言わない。
ゆっくりと目を閉じた。
「…………」
「アンタみたいな子だったよ」
「……?」
柚が店から出てきた。
「明典はね」
典膳が振り返る。
「優しくて」
柚が笑う。
「頑固で」
少し考える。
「誰かのためなら、本気で怒れる子だった」
「…………」
典膳は柚を見る。
「それから」
柚の視線が動いた。
その先。
「……?」
沙苗が立っていた。
頭を押さえながら。
「うぅ……」
「…………」
典膳が沙苗を見る。
「何ですか……?」
「…………」
「典膳様?」
「似ている」
「え?」
「明典に」
沙苗の手が止まった。
「私が……?」
「ああ」
典膳は真っ直ぐに見る。
「顔ではない」
「…………」
「お前の緋色だ」
沙苗の瞳が揺れる。
「…………」
「明典にも——」
典膳は目を細めた。
「同じ色があった」
「……!」
沙苗が息を呑む。
「そうですか……」
「…………」
「明典様にも」
沙苗が笑った。
「緋色が……」
「ああ」
典膳が頷く。
——ツーッ——
「……っ……」
沙苗の頬を涙が伝った。
「何故泣く」
「あれ……何でだろ……」
涙を拭う。
「でも……」
笑う。
「嬉しいです」
「……そうか」
典膳の口元が緩んだ。
「沙苗」
「はい」
「ありがとう」
「……!」
「お前たちが——」
典膳は屋敷の方角を見る。
「須藤を繋いでくれた」
沙苗は首を横へ振った。
「私だけじゃありません」
「分かっている」
典膳が振り返る。
皆がいる。
「…………」
典膳が扇を握った。
「まだ終わっていない」
空気が変わる。
「明里」
信鷹の耳が動いた。
「道舟」
道源が典膳を見る。
「そして——」
典膳の手に力が入る。
「母上」
典膳は一同を見る。
「迎えに行きたい」
沙苗が顔を上げた。
「皆の力を——」
典膳が頭を下げる。
「貸してくれ」
「……ふふっ」
沙苗が笑った。
「最初から、そのつもりです」
朱禰も頷く。
「もちろんです」
紅葉が微笑む。
「はい」
「言われるまでもない」
信鷹が鼻を鳴らした。
「…………」
典膳が顔を上げる。
道源が笑った。
「須藤家は昔からそうだ」
「……?」
「動き出すまでが長い」
「……違いない」
典膳が苦笑する。
「それで」
來が煙管を口から離した。
「どうやって行く」
「…………」
全員が止まった。
「灰色の世界は消えた」
來が続ける。
「紅葉も感じられない」
「はい」
紅葉が頷く。
「今は何も」
「紫灰の器も消えた」
「…………」
典膳が扇を見つめる。
「なら——」
沙苗が顔を上げた。
「探しましょう」
「何をだ」
「入口です」
沙苗は皆を見る。
「迎えに行くんでしょう?」
典膳が目を細める。
「ああ」
「だったら」
沙苗が笑った。
「まずは、そこからです」
——フワッ——
朝の風に乗って藤の香りが流れてくる。
「…………」
典膳が空を見上げた。
青い空。
その先に——
紫はない。
迎えに行く。
明里。
道舟。
紫季。
まだ帰れていない——
家族のもとへ。
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『輪廻の瑕疵』は、毎日18:00に更新予定です。
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