第百四十八話 酒外の理
夜は深まっていた。
牛鍋処ゆず。
暖簾はすでに下ろされている。
——コトッ——
卓の上。
空になった『鬼殺す』の瓶が並ぶ。
一本。
二本。
数える気も失せるほどに。
「…………」
蒐は酒瓶の山を見つめていた。
「……あの」
「何だ」
典膳が盃を傾ける。
「聞きたいんやけど……」
蒐が恐る恐る口を開く。
「二日酔いとか、せんのですか……?」
——ピタッ——
典膳の手が止まった。
「…………」
蒐を見る。
「な、何や……」
「須藤家に二日酔いなど無い」
「……はい?」
典膳の瞳に迷いはない。
「三日目に酔えばよい」
「…………」
「故に、二日酔いなど無い」
「アホかぁぁぁっ!!」
蒐が立ち上がった。
「酒瓶で大黒柱が建つ呑み方の前に、明日と出会わんかいっ!!」
「弟よ」
信鷹が頷く。
柴犬の姿で。
「理には適っている」
「黙っとれ!!そこの駄犬っ!!」
「犬ではない」
「さっき聞いたわ!!」
「信鷹だ」
「それも聞いたわ!!」
「あはははっ!!」
道源が笑う。
「これこそ須藤家だ!」
盃を傾ける。
「気にするな、小鬼」
「家系で済ますなぁぁぁっ!!」
「アンタらねぇ……」
厨房から柚が顔を出した。
腰に手を当てる。
「あたしは明日も店開けるんだよ」
卓を見る。
空瓶。
空瓶。
空瓶。
「ほどほどにして休ませなさいよ……」
「問題ない」
典膳が答える。
「四日目には抜ける」
「四日後ぉぉぉぉ!?」
蒐の絶叫が響いた。
「始祖様」
朱禰が盃を置く。
「何だ」
「それは二日酔いが無いのではなく——」
典膳を見る。
「ずっと酔っておられるだけです」
「…………」
典膳が止まった。
「…………」
考える。
「……そういう解釈もある」
「あるんかい!!」
「弟よ」
信鷹が顔を上げる。
「認めるのか」
「ああ」
典膳は頷いた。
「柔軟性もまた、当主の器だ」
「この一族、誰か止めてぇぇぇぇっ!!」
蒐が頭を抱える。
「あはははっ!」
沙苗が笑う。
「ふふっ」
紅葉も口元を押さえる。
——コトッ——
來は盃を置いた。
「諦めろ、蒐」
「何をや!」
「全部だ」
「雑ぅ!!」
笑い声が響く。
「…………」
蒐が卓を見る。
空瓶の山。
「……終わった?」
柚が首を横へ振った。
「もう二本」
「何で!?」
「祝いだ」
典膳が盃を差し出す。
「異議なし」
道源が続く。
「弟よ」
信鷹が盃を上げた。
「今日は祝いの日だ」
「限度があるやろぉぉぉぉ!!」
笑い声が響く。
「…………」
典膳が盃を持ち上げた。
信鷹を見る。
「…………」
信鷹も見る。
道源が盃を掲げる。
言葉はない。
——コツッ——
三つの盃が触れた。
「…………」
典膳が飲む。
信鷹が飲む。
道源が飲む。
——コトッ——
盃が置かれる。
「……美味いな」
典膳が呟いた。
「ああ」
信鷹が答える。
道源が笑う。
「酒は真理だ」
「まだ言うとる!!」
蒐の声が飛ぶ。
「わはははっ!」
また笑い声が響いた。
長い夜。
失われた時。
帰れなかった者。
待ち続けた者。
彼らは今——
同じ卓を囲んでいた。
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