第百四十四話 明路
罅割れた世界が震える。
『何故だ!!』
鍾鬼の絶叫が響いた。
『何故、人ごときがァァァァッ!!』
——バキッ——
罅が走る。
——バキバキバキッ——
灰色の世界が崩れていく。
紫灰が噴き上がった。
——ゴォォォォッ——
朱炎が焼く。
——パサッ——
典膳は扇を振った。
鮮烈な朱が渦となって一面を染める。
灰に塗り潰されていた色が——
完全に戻っている。
『典膳ンンンンッ!!』
鍾鬼が腕を振り上げる。
——ズオォォォォッ——
紫灰が巨大な塊となって襲い掛かる。
典膳は動かない。
「…………」
その左。
須藤信鷹。
右へ。
須藤道源。
両雄が並ぶ。
「久しいな」
信鷹が笑う。
「こうして並ぶのは」
「…………」
典膳が僅かに目を細める。
「随分と待たせた」
「まったくだ」
道源が息を吐いた。
鍾鬼の声が荒れる。
『貴様らァァァァッ!!』
——ゴオォォォォッ——
紫灰が押し寄せる。
「来るぞ」
信鷹が腰を落とす。
典膳は扇を向けた。
道源の掌に白炎が灯る。
——ゴッ——
朱。
——フワッ——
白。
そして——
——ドンッ——
信鷹が地を蹴った。
『オォォォォォッ!!』
鍾鬼が腕を振り下ろす。
——ズドォォォンッ!!——
灰色の大地が爆ぜる。
その中心。
——ギシッ——
信鷹が腕を受け止めていた。
「軽い」
『何ィ……!?』
「昔より鈍ったか?」
——ブンッ——
鍾鬼の巨体が浮く。
「信鷹!」
「分かっている!」
——ドォンッ——
鍾鬼が地面へ叩き付けられた。
——パサッ——
典膳の扇が開く。
「朱炎・拍」
——ゴオァァァァァッ——
苛烈な朱炎が走る。
『グォォォォォッ!!』
鍾鬼の灰が焼ける。
——ザッ——
「白炎・喝」
——サアァァァァ——
白炎が紫灰を裂く。
『やめろォォォォッ!!』
鍾鬼が暴れる。
だが——
遅い。
「來!」
沙苗が叫ぶ。
「分かってる!」
——バチッ——
黒雷が走った。
——ドンッ——
鍾鬼の脚を撃ち抜く。
「蒐!」
「もういる」
——ズズッ——
影が伸びた。
鍾鬼の足元へ絡み付く。
『小癪なァァァァッ!!』
「紅葉!」
「はい!」
——ジャラッ——
緋色の鎖が走る。
腕。
脚。
胴。
——ギリッ——
鍾鬼の巨体を縛り上げる。
『離せェェェェッ!!』
——ゴォッ——
朱炎が灯る。
朱禰が扇を構えた。
「始祖様」
典膳が視線だけを向ける。
「御命令を」
「…………」
典膳は鍾鬼を見た。
その瞳に——
迷いはない。
「終わらせる」
「はい」
沙苗が一歩前へ出る。
掌に緋炎が灯った。
——ゴオォォォォッ——
朱。
白。
緋。
黒。
影。
鎖。
すべてが鍾鬼へ集まっていく。
『因果は終わらぬ!!』
鍾鬼が吼える。
『輪廻は永遠だ!!』
「違います」
紅葉が前へ出た。
「終わらなかったのではありません」
鍾鬼の動きが止まる。
紅葉は真っ直ぐに見つめた。
「あなたが——」
緋い光が揺れる。
「終わらせなかっただけです」
『黙れェェェェッ!!』
——ズオォォォォッ——
紫灰が膨れ上がる。
だが、そのすべてを朱炎が呑み込んでいく。
——ゴオァァァァァッ——
「鍾鬼」
『……!』
「もういい」
——パタン——
典膳の扇が閉じる。
——ッ——
一瞬。
世界から音が消えた。
——バキィィィンッ!!——
鍾鬼の胸に罅が走った。
『……な……』
——パキッ——
肩。
——パキパキッ——
腕。
脚。
顔。
灰色の巨体へ罅が広がっていく。
『我は……因果……』
典膳は何も答えない。
『須藤を……縛る……』
——バキッ——
鍾鬼の身体が崩れた。
『絶対の……』
——ガラガラガラッ——
巨体が灰へ変わっていく。
——ズズズズズッ——
「……?」
沙苗が顔を上げた。
崩れ落ちる鍾鬼の背後。
紫灰が——
集まっている。
「何だ……?」
來が目を細める。
——ズズッ——
紫灰の中心。
何かが蠢いた。
人でもない。
鬼でもない。
輪郭すら定まらない。
「…………」
紅葉の表情が変わる。
「……器」
「え?」
沙苗が振り返る。
紅葉は紫灰を見つめていた。
「紫灰の……器」
——ズオッ——
紫灰が大きく開いた。
『……ッ!?』
崩れかけた鍾鬼の身体を——
丸ごと呑み込む。
『やめ——』
——ズズズズズッ——
声が途切れた。
鍾鬼が消える。
灰も。
罅も。
残された因果ごと——
紫灰へ吸い込まれていく。
「……待て!」
沙苗が手を伸ばす。
——ゴォォォォッ——
紫灰が爆ぜた。
「——っ!」
視界が奪われる。
——サァァァァ——
灰が落ちる。
そこには——
もう何もいない。
「…………」
典膳が紫灰の消えた場所を見つめる。
信鷹が眉を寄せた。
「退いたか」
「いや」
道源が周囲を見る。
崩れ続ける灰色の世界。
「持っていった」
沙苗が息を呑む。
「何を……?」
——ゴゴゴゴゴッ——
足元の灰。
空。
罅。
すべてが——
一方向へ流れ始める。
「……まさか」
紅葉が呟いた。
灰色の世界そのものが。
遠く。
遥か彼方へ。
紫へ向かって——
引かれていく。
典膳が目を細める。
「始まったか」
「何がですか?」
沙苗が問う。
典膳は答えない。
ただ、消えゆく灰色の世界を見つめていた。
——ズズズズズッ——
灰が。
光が。
空が。
世界そのものが——
紫へ呑まれていく。
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『輪廻の瑕疵』は、毎日18:00に更新予定です。
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