第百四十三話 朱里
『閉じろ!!塞げ!!』
鍾鬼の絶叫が響く。
『戻れぇぇぇっ!!』
——ズオォォォォッ——
紫灰が噴き上がった。
罅へ。
溢れ出す光へ。
——ゴォォォォッ——
灰色の世界を埋め尽くしていく。
——ザッ——
沙苗は歩く。
吹き荒れる紫灰の中。
典膳へ向かって。
——ザッ——
その前へ。
一人の女が出た。
「朱禰さん……?」
須藤朱禰。
手には一振りの扇。
朱禰はそれを見つめ——
顔を上げた。
その先に立つ男へ。
「始祖様」
凛とした声が響く。
典膳の瞳が動いた。
「あなたは……」
朱禰が扇を握る。
「私の」
——フワッ——
朱炎が灯る。
「私たちの誇りです」
炎が扇を伝う。
「この扇も」
——ゴォッ——
「幾年、受け継いできた血も」
朱炎が燃え上がった。
須藤家の朱。
沙苗の緋と重なり——
灰色の世界を染めていく。
——ジジッ——
「……!」
典膳を覆う灰へ。
朱炎が触れた。
——バチッ——
火花が散る。
灰が拒む。
それでも朱炎は燃え続ける。
——ジジジジッ——
灰の奥。
消えかけていた色が滲む。
朱。
——ボッ——
炎が上がった。
「…………」
典膳が自らの手を見る。
灰に覆われた指先。
そこに——
朱が灯っていた。
『やめろ……』
鍾鬼の声が揺れる。
『それ以上——』
「…………待たせ過ぎだ」
「——!」
典膳が顔を上げた。
紫灰の向こう。
一人の男が歩いてくる。
——ザッ——
「主とは言え……」
——ザッ——
見覚えのある姿。
聞き覚えのある声。
男は典膳を見つめ——
笑った。
「家族を、そう待たせるな」
典膳の瞳が見開かれる。
「——弟よ」
「……信鷹」
須藤信鷹。
「…………」
典膳の手が震えた。
信鷹は何も言わない。
ただ——
そこにいる。
家族として。
「……っ」
典膳が俯く。
——ボッ——
足元に朱炎が灯った。
——ゴォッ——
灰を焼く。
——ゴオォォォォッ——
「……!」
沙苗が目を見開く。
典膳を覆っていた灰が——
朱炎へ変わっていく。
腕。
肩。
胸。
そして——
握り締めた古びた扇へ。
——バチッ——
灰が弾けた。
鮮烈な朱が現れる。
——ゴオァァァァァッ——
朱炎が天を突いた。
『返すなァァァァッ!!』
鍾鬼が吼える。
『戻るなァァァァッ!!』
紫灰が押し寄せる。
だが——
——ゴォォォォッ——
朱炎が焼き払う。
『典膳ンンンンッ!!』
道源が目を細めた。
その口元が上がる。
「ようやく、帰ってきたな」
「…………」
典膳が顔を上げる。
沙苗。
朱禰。
道源。
紅葉。
そして——
信鷹。
一人ずつ。
その姿を見つめていく。
その瞳にはもう——
狂気はなかった。
「典膳様」
沙苗が微笑む。
「…………」
典膳の唇が動く。
「……待たせた」
永い時を超えた。
須藤家の主。
須藤典膳。
朱炎を纏いしその男は——
今、ここに帰ってきた。
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